耐震偽造:構造計算 改ざん防止の「暗号キー」検討
# 耐震データ偽造事件で、国土交通省は、構造計算を行う国土交通相認定の
# プログラムでも改ざんが行われたことを重く見て、印刷物よりも改ざんしにくい
# 電子データによって構造計算結果を管理する検討を始めた。
#
# 新たに構造計算プログラムを保証する第三者機関を設置し、
# 同機関が発行する「暗号キー」で管理する。
(http://www.mainichi-msn.co.jp/today/news/20051221k0000e040072000c.htmlより抜粋)
これの本質は「暗号キー」などではなく、『第三者機関』を作る事にある。
「暗号キー」などと言われると、さも偽造対策を行ったかのように見えるが、
注意深く読むと、この「暗号キー」は申請後に発行されるのである。
今回の様に申請前に設計者に偽造されてしまっていては、何の意味も無い。
「暗号キー」など、まやかしだ。
この「暗号キー」は、この『第三者機関』から検査機関に構造計算のデータが
渡される間に行われた偽造にしか意味を為さない。
そもそもこんな『第三者機関』さえ作らなければ必要の無いものだ。
結局この『第三者機関』が、今回検査機関が見抜けなかった
構造計算書の(偽造?)チェックを行う事になるのである。
(そしてチェックした後に「暗号キー」を発行する。)
これによって、自治体も『民間』検査機関も、従来のマニュアル通り
作業することが出来る。
ではなぜ構造計算書のチェックを検査機関が行わないのだろうか。
これには『理由』がある。
まず第一に、現在の(公的民間を問わず)検査機関ではその能力が無い点だ。
そして自治体や『民間』検査機関が何等作業を変えないと言う事は、
言い替えると、殺人マンションが出来てしまったのは、
自治体や『民間』検査機関の『落ち度』などではなく、
データが偽造されたせいなのだと『役人』の論理で正当化が出来るのである。
(「『偽造』のせいなのだから『偽造』をチェックする仕組みを作った」と)
そもそも検査機関は、違法な設計(や施工)による建造物を作らせない為に
存在していたはずである。
現在の制度の問題は、建築確認が取り消される様な事があったら、
検査機関に結果責任を取らせる仕組みが無かった点にある。
結果責任を負わずに民営化などしたら、検査が緩くなるのは当然であろう。
そして結果責任を負っていたら、誰も天下りの役人などに仕事をさせない。
(これについては「民間検査会社って本当に『民間』なの?」参照)
再発を防止したいのなら、責任の所在を分散させてはならないのである。
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対策と言う物は、過去に起こってしまった事を防止するだけではなく、
これから起こり得る事をも考慮しなければならない。
この件に関して、野党が証人喚問に拘っているようだが、
野党がしている事もマスコミ同様『悪者捜し』でしかない。
本来の国会議員の仕事ではないからあまり非難するつもりはないが、
証拠もろくに無い状態のうちから「黒幕」と言ってみたり、
印象操作をしたりと、低俗な週刊誌さながらである。
そもそも悪者を特定した所で法整備に結び付くとは思えない。
今回悪くなかった立場の人が今後も悪事を働かないとは限らないのである。
結果として今回悪くないと立証されるかもしれないが、
悪者である可能性のある『役者』は揃ったのだ。
現在でも充分に全ての『役者』に対応出来る『制度』が検討出来るだろう。
国会議員は弁が立つから、ついつい相手を言い負かそうとするが、
『真実』は言い争いの末に決まる物ではない。
捜査権の無い国会議員が悪者捜しをするのには無理がある。
『制度』を考えるなら『悪者捜し』ではなく、
なぜ殺人マンションが建ってしまったのかを知るべきだ。
現行制度においては、これを防ぐ為に確認検査機関が存在している。
そのためには、検査機関が実際にどの様な作業をしているのかを
明らかにすべきだ。
その上で、いかなる悪者が悪意を持って偽造しても
殺人マンションが建てられない様な『制度』を作らなければならない。
「偽証罪」の本来の目的は、嘘を付かせない事にあるはずだ。
「どちらかが嘘をついている」「より罪の重い偽証罪で罰しろ!」
などと言うのは権力の濫用を認める事にもなる。
葬式で会ったかどうかなど、どうでもいい事だろう。
単なる思い違いではないのか。
マスコミも記事を書きたいのは判るが、「偽証罪になる」等と騒いだり、
証人喚問を安易に望んだりせず、冷静に権力の暴走を監視すべきだ。
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話を戻すが、これによって国交省は2億5000万円の予算と供に
新たな天下り先まで得るのである。
自分達の落ち度まで省益に変えてしまうとは、大した物だ。
そもそも電子データにするなら「構造計算のフォーマットを共通化」
だけすれば充分だ。検査機関で再計算すれば良いではないか。
そうすれば、『第三者機関』も2億5000万円も必要無い。
こんなデタラメな『対策』を認めてはならない。
国交省は問題を「審査で見逃していた」事ではなく「改竄され」た事だと世論を誘導したいようである。
# 国土交通省は19日、構造計算書の作成に用いる国交相認定プログラムの
# 改ざん防止策を検討するプロジェクトチームを(中略)設置した。
#
# 強度偽装のうち一部物件は、認定プログラムの不正使用で計算書が改ざんされ、
# 民間検査機関や自治体が審査で見逃していた。
(asahi.comより抜粋)
そもそも国交省はこれらのプログラムの何を『認定』したのだろうか。
計算の正確性ではないのか?
このプログラムを使って計算すれば、間違った答えは出ないと。
この『認定』は、利用者がこのプログラムの計算結果を信じて良いとの意味だろう。
審査機関が、このプログラムの出力を信じて良いとの『認定』だったのか?
国交省は審査で不正を見逃したのは『改竄された』設計書が原因であると主張しているが、
そもそも提出された設計書には全ての情報(矛盾点)が記されていたはずである。
不正アクセス等と違って、精査していれば見付けられるはずの物だ。
現に、計算書を見直して不正は見付けられているではないか。
国交省がこの様な考えを取っている限り、今後も想定していない改竄方法が行われれば、
不正は見付けられない事になるのである。
仮に完全な改竄防止策が行えたとしても、当該プログラムを使わなければ意味が無い。
紙ベースで『審査』している以上、当該プログラムを使っていなくとも
プログラムの出力と全く同じ書式でプリントアウトさえすれば、見分けられない。
改竄防止など無意味だ。
きっとこのプロジェクトチームは、計算書にフィンガープリントを付加させた程度で
「防止策を講じた」とするのだろう。
しかし、ハッシュの対象を計算結果のみとしても意味が無い。
結局、生のデータに対してハッシュを掛ける必要があるはずだ。
とするなら、生のデータを提出させて審査機関が再計算した方が確実であろう。
もともとコンピュータで計算しているのだから、
紙ベースで審査する事自体がナンセンスなのである。
(当然の事ながら生データ自体の妥当性も、『確認』しなければならない)
問題は、審査機関が改竄された計算書を見抜けなかった点にある。
それに元建築士の主張によれば、バージョンアップしたプログラムになってからは
単に入力値を変えただけだと言うではないか。
これは悪意のある『改竄』だけではなく、単なる思い違いや操作ミスさえ
見抜けなかった事を意味しているのである。
『審査』機関に法的な責任は無いのかもしれないが、全く役に立っていなかった事は事実だ。
国交省は、天下り先を守っている様にしか見えない。
(注意: 私はこの『認定』プログラムが、どの様な物であるかを知らない。
この文章は私の想像の産物である事をご留意願いたい)
耐震強度偽装問題の参考人質疑を見た。
参考人の『民間』検査会社社長の答弁や思考パターンは、まさに『役人』である。
彼は、みなし公務員だそうだ。
きっと『役人』と言う人達は、自分は『優秀』だと思っているだろう。
学校の成績も良かったし、難しい試験にも合格したのだから。。。
一方民間では、例えば職種を『専門職』と『補助職』とに区分する。
『専門職』は独自の考えで自律的に作業を行うのに対し、
『補助職』は『専門職』に指示された作業を行う仕事である。
『役人』は民間で言えば『補助職』なのだ。
そして『役人』において、指示を下す『専門職』の代わりが『法律』である。
『役人』は『法律』に指示された作業を行うのだ。
ここで一つ問題がある。
『補助職』が何か外れた行動をとれば、『専門職』が注意する。
『補助職』は指示された作業さえしていれば、一切責任を取る必要はない。
『補助職』の責任も、全て『専門職』にあるのだ。
しかし、『役人』が何か外れた行動をしても身近に注意する人はいないのである。
このため『役人』は法律に従っていさえいれば『正しい』と思ってしまうのだ。
そして、得てしてその『法律』は本来の趣旨から外れて
『役人』の都合の良い様に解釈されるのである。
この『民間』検査会社の社長も、この理屈を使っている。
『検査』を行う立場の人間が「信頼に基づいて検査しています」
「結果として偽造を見逃したが、法律に従って適正に審査した」と。
これは、通常の民間会社にとっては到底受け入れられない主張であろう。
ただ、彼らは『補助職』なのだ。『法律』に指示された作業を行ったのだから
何等問題などないのである。
検査業務が『自治体』から『民間』になった事が問題だと主張する人がいるが、
私はむしろ『本当の民間』になっていれば、この様な見逃しはなかったと考える。
民間には自律的に行動し、結果責任が取れる『専門職』がいるのである。
『専門職』においては「法律に従ったから適正な審査だ」との『理屈』は通用しない。
「偽造を見逃した」という『結果』に責任を負うのである。
「官から民へ」とは、本来この様な意味を持つ。
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さて、件の検査会社の主張は「正当」で、本当に「適正な審査」だったのだろうか。
彼は主張する。「法律がそもそも無理な検査を要求しているのだ」と。
質疑においては、もっと突っ込んで欲しかった。
「あなたの会社では、一件あたりどのくらい検査に時間をかけているのですか?」と。
(報道では1人一日3件をこなしていると言う。本当だろうか?)
法律上では21日(?)以内に検査を完了する必要があるらしい。
仮に21日間目一杯掛けているとしても、民間ではそんな事は理由にならない。
1人で無理なら2人で作業すれば良いし、それでも無理なら10人でも100人ででも
決められた期間に必要な作業をすべて完了させなければならないのである。
「時間がないから、充分な審査が出来なかった」など、言い訳にならない。
一方『役人』は、『法律』なるマニュアルに従って作業していれば、
結果がどうあれ「適正」なのである。
こんな人達が『検査』しても、チェックが洩れることは目に見えている。
ルーチンワーク以外の作業を『役人』にやらせてはならない。
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以下、この『質疑』で気になった事を書く。(記憶で書いているので不正確です)
最初に謝罪しなかったからと言って、罵倒するのは間違えている。
始めて国会に出席した人が、普通でいられる訳は無い。
それより質問前に、関係無い話を長々とする国会議員の方が見苦しい。
質問者がうっかり参考人を「部長」と言っていたが、知り合いだったのではないか?
身内に質問するのは適切ではない。
質問者が「圧力」と言う言葉を使った事。
「圧力」と言うあいまいな言葉は、印象操作や誘導に使われるものである。
質問や報道では使ってはならない。
この様な言葉を使っている人がいたら、注意すべきだ。
質問者が「それでは相手が嘘を言っているのか?」と執拗に質問していたが、
「相手の事は分からないが、自分は正しい事を言っている」との回答は正しい。
自身が正しい事は言える、相手が嘘を言っているかどうかは言えないのである。
「自分は正しい」と質問者に伝えた時点で、相手が嘘をついているかどうかは
自分も質問者も知識を共有している。なのに、なぜ自分に言わせるのだろう。
質問者の意図は分からないが、何等かの誘導を画策していたとしか考えられない。
事実関係を確認する事が目的であるはずの質疑で、誘導してどうするつもりなのか?
今回に限らないが「質疑」において質問者が感想や意見や見解を一方的に表明して、
回答させないのはルール違反だ。それは回答者が質問出来ない事と同様である。
少なくとも表明した後に「どう思いますか?」と質問しなければならない。
販売会社の住民に対する補償方法が二転三転する事は、あたりまえだ。
被害状況の調査が終了するまで、解決策など出せる訳がない。
状況を全て認識出来るまで、具体的な話はすべきではない。
検査会社社長が質問に対し「既に放送局にメールしたのだが」と言ってしばらく絶句
していたが、メールの内容を思い出していたのだろう。この場合二つの事が考えられる。
一つはメールの内容が事実ではなく「作文」であった場合で、
もう一つが、メールの内容と齟齬が起きない様に、
自身の経験ではなくメールの内容から回答しようとした場合だ。
この人は、のこのこテレビに出たりせず、局との対応にメールを使うなど、
メディアの扱いが巧みなのでどちらかは判断出来ない。
検査会社自身は発覚から公表まで一週間程期間があるのに、
販売会社には『直ちに』公表することが『正義』であると主張している。不公平だ。
販売会社が検査会社を『脅迫』したそうだが、実際には検査会社は『正義』に則り、
脅しに屈しなかったので「実害は無かった」はずである。
『脅迫』行為自体は問題にすべきだが、
国会議員もメディアもブービトラップに掛かっている。
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販売会社の『脅迫』も他の検査機関による『隠蔽』も事実関係を調べるべきだが、
これら発言の目的は「『正義』の第一通報者」との物語りを強調するための
エピソードであろう。
穿った見方をすれば、偽造が分かった時に『たまたま』監査があったので、
見付かる前に「『正義』の第一通報者」になった方が良いと思ったとのでは?と
言うのは、考えすぎか?
少なくとも、問題を提起した人が、検査機関にではなくマスコミに通報していたら
この検査機関の扱いは全く違っていただろう。
現在彼は、マスコミからすると「真実を明らかにする」ヒーローらしいのである。
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住民保護と言う観点からは瑕疵担保責任という制度は有効だろうが、
『専門家』であるはずの検査機関さえ分からないと主張する偽造の責任を
販売会社が全て負うと言う現在の制度にも問題があるだろう。
他の業者にも応分の結果責任を負わせるべきなのではないだろうか?
『抑止』と『補償』という観点では消費者の保護にも叶うだろう。
ただ、検査機関が悪びれもせず「『正義』の第一通報者」となり得たのは、
結果責任を負わないからだとは思う。
私は経験が無いのだが、お役所に何かをお願いすると
『前例が無いので無理です』
との、返答が来るらしい。
本当なのだろうか?私には信じられない。
これは役人の職務怠慢であると思う。
前例があれば、それに従って行動するのがお役人である。
それはしょうがないのだが、問題は前例が無い場合である。
前例が無い場合、お役人は、憲法、法律、政令、府令、
省令、規則、条約、条令、通達等、全てを調べてでも
適法かどうかを調べる(決めるではない)義務があるはずだ。
考えただけでも、気が遠くなりそうな作業ではあるが、
それがお役人のお仕事だと思うんだけど。
面倒だからと言って、『無理』はないだろうに。。。
ほんとなの???
(私は専門家ではないので、違ってたらご指摘下さい)
某外務大臣と官僚との確執が問題になっていたとき、
それについて友人と話す機会があった。
外務大臣に多少の問題があることは二人共感じていた。
友人は官僚に同情的で
「無能な大臣なのだから、指示に従う事はない」
と言った。私の感覚ではこれが多数意見だったと思う。
国民の大多数が無能だと思っていたとしても、
国民投票をしたわけでは無い。
指示に従う必要の無い程の無能だと判断したのは、
おそらく官僚自身だろう。
これでは官僚が認めた人でない限り、大臣の指示に
従わなくて良いという事になり、
大臣と官僚とで意見が合わない場合、大臣を無能だと
決め付けさえすれば、官僚の好きなように出来てしまう。
それを国民の多くが支持し、
野党は官僚が言うことを聞かないのは
無能な大臣のせいだと非難さえしていた。
これは、とっても危険なことだ。役人に限らず、
自分が正しいと信じた事をしたいと思うのは、
ある意味当然だ。
大事なことは、国民がそれを決して
許してはいけないと言うことである。
例え大臣が無能であったとしても、
官僚はその指示に誠心誠意従わなければならない。
最近、役人の横暴ぶりが目に余る。
背後にこの様な考え方があるのではないか?