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[2006年08月16日] 『靖国問題』への提案

私は『靖国問題』は国内問題として扱うべきだと考える。
そしてそれは多数決などで性急に結論が出せる類のものでは無いと思う。
結論を出すまでに充分な時間が必要なのだ。

しかしながら『近隣諸国』からワーワー言われている現状として
純粋な国内問題としてじっくりと議論する事は不可能であろう。



ここで私は提案したい。
国内問題として議論するために、まず『近隣諸国』には黙っていてもらう必要がある。
このため、以後「取り敢えず近隣諸国に黙ってもらう方法」について考察する。
(『靖国問題』の解決策ではない点に留意願いたい)


--
ここでの『近隣諸国』とは具体的には中国と韓国だ。
そして中国と韓国についてはそれぞれ別の対応が必要だと考える。


中国は「A級戦犯の奉られている靖國神社に首相が参拝するなど許せない!」
との主張であると思う。これに対し小泉首相は
「特定の人物(A級戦犯)に対して参拝している訳では無い」と返している。

小泉首相は「そうではない!」と何度も言っているにも係わらず、
中国には聞き入れてもらえないのである。
このやりとりから判る事は、中国は小泉首相の発言を「信じていない」と言う事だ。
「信じていない」ため、いくら説明したとしても納得などしないだろう。
そして中国は「行動で示せ!」とも主張している。


これに対して、日本では以下の議論が存在する。
「首相は参拝を控えるべき」
「A級戦犯を分祀すべき」

どちらも(中国に黙ってもらうには)有効な方法ではあろうが、
ただ、どちらにも問題がある。
前者の場合は、首相自身がそれを同意する必要があるし、
何より(以降首相となる人全てが参拝自粛に同意するとは限らないため)
参拝を(続けていた場合に比べて)再開した場合に、より一層の反発が予想され、
状況を悪化させる恐れがある。

後者は、靖國神社の教義上無理らしい。
そしてこの方法は靖國神社自身がそれを認めない限り不可能であるから
実現性があるとは思えない。



そこで私は「参拝を止める」事も「分祀」もする事なく「行動で示す」方法を
模索すべきだと考える。(単なる「理屈」ではなく「行動で示す」事が重要だ)

例えば、「靖国神社内に『A級戦犯専用の参拝所』を新たに作る」事。
首相が『A級戦犯専用』の参拝所に参拝しない事を示す事により、
「『A級戦犯』を参拝していない」と(かなり苦しいが)主張する事が出来る。

この案も靖國神社の同意が必要ではあるが、
御霊を弄る『分祀』と違い、あくまで俗世間の側の手続きの変更だけであるから、
靖國神社にも受け入れる余地があるのではないか。


中国も小泉首相が参拝を止めなかった事で、落とし処を探っている様にも思える。
日本側からも関係改善に向けて、何らかの『きっかけ』を作っていくべきだろう。



--
一方、理屈を述べている中国とは違い、韓国は反発の根拠を明確にしていない。
このため上の方法だけでは黙ってくれないだろう。

そのため、以下の様な主張をすべきだ。


日本は韓国を侵略する意図など無い。それは現在の日本を知ってもらえば判る。
そのために、韓国は日本文化の流入制限を撤廃しなければならない!

これを日本は韓国が靖国(歴史認識)問題を言う度に
繰り返し国際社会に対して主張していくべきだ。

これにより韓国に圧力を掛ける事が出来るので多少は黙ってくれるかもしれないし、
国際社会に対して「韓国は誤解に基づいた主張をしている(可能性がある)!」
とアピール出来る。(事実、私は少なからず誤解があると考えている)

また、この主張自体が受け入れられれば、文化レベルでの交流が促進されるので、
日本の立場が理解し易くなるため、問題解決の端緒と成り得るはずだ

情報統制が無くなれば、確実に「反日教育」の効果は半減する。



--
話は逸れるが、韓国政府の「『親日派』子孫の財産没収」について。

韓国には時効が無いのだろうか。
その当時に『韓国』なる国は無かったはずなのだが。。。

そしてこれが意図したものであるかは私には知る由も無いが、
今現在これをする事による副作用としては、
『親日的』言論を抑制する働きがあると言えるだろう。

私には中国も韓国も政治手法に於いては、北朝鮮とさほど違っていない様に思える。




とまあ、無責任に書いてみたが、テレビを見ている限りにおいて
煮詰まっている様にしか見えない議論の足しにでもなればとUPする事にした。




P.S.
「日本の首相が靖國神社に参拝することは、
ドイツの首相がヒトラーの墓?に参拝する様なものだ!」

などと主張をする人(以前のエントリーで書いたハンサムな東大教授等)がいるが、
(これが適切な比喩であるかは別にして)
そもそも「ドイツの首相がヒトラーの墓に参拝した場合」に
ドイツの近隣国は「参拝を中止しろ!」と主張し、
参拝を中止するまで会談をボイコットするだろうか?

私なら早急に首相自身の人格やドイツの政策を見極める必要性を感じ、
絶対に会談をボイコットなどしない。

会談をボイコット出来ると言う事は、実の所「日本は侵略などしない」と
タカを括っている証拠ではないのか。

日本の近隣諸国の対応こそ、理に叶っていない(言行不一致である)様に思う。

[2006年01月03日] 『駄々っ子』外交

# 即座に着手すべき難問は小泉首相の靖国神社参拝で暗礁に乗り上げている近隣外交だ。
(1月3日付の毎日新聞社説より抜粋)


この文章は、暗に「近隣外交が暗礁に乗り上げ」たのは「小泉首相の靖国参拝」が
原因であるとしている。毎日新聞は中国や韓国の主張に同調しているようだ。

私はこれは誤りだと思う。
中国と韓国は首相の靖国神社参拝を理由に首相のみならず政府要人との会談をも避けている。
近隣諸国は靖国参拝を気に入らないのだろう。しかし外交を損なわせたのは近隣国の方だ。
なぜなら「気に入らないから会わない」というのは道理に合わないのだ。
これは成熟した国家のすることではない。

気に入らないならそれを相手に『言葉で』伝える事こそが、まともな国家のする事だ。
近隣諸国の対応は、子供が駄々を捏ねているのと同じなのである。


あなたの子供が玩具を買って欲しいと泣き叫んでいる。あなたならどうするだろうか。
いつまでも泣き叫んでいられるのは困るし、周囲の人の迷惑にもなる。
あなたは、玩具を買い与えるだろうか?

玩具を買い与えれば間違いなく泣き止む。しかしそうすると
自分の主張を通すために駄々を捏ねる事が有効であると子供に『学習』させてしまい、
きっとまた欲しいものがあれば駄々を捏ねる事になる。
道理の分からない子供を甘やかす事には慎重でなければならない。

子供の為には、駄々を捏ねるのではなくきちんと主張する事を教えるべきだ。
少なくとも駄々を捏ねる事が問題の解決に繋がらない事を理解させなければならない。



「外交が損なわれるから参拝を中止すべき」との主張は、
体面ばかりを気にして子供の事を考えない身勝手な親の行為と同じだ。

口先だけは「子供の為」等といっていても何も子供(近隣国)の事など考えていないのだ。
私達は隣国が成熟した国家となるように手助けすべきだし、
少なくとも間違った『学習』をさせてはならない。

近隣諸国がこの様な態度を取っている限り「参拝中止」をするにしても
誤ったメッセージとして受け取られない様な慎重さが必要だ。
参拝の中止に慎重なのは『過剰なナショナリズム』のせいなどではなく、
むしろ近隣諸国への配慮と言っていい。

毎日新聞は、近隣外交の何が問題だとしているのか。
外交の問題において、非があるのはむしろ近隣国の方だ。
日本側に問題があるとすれば近隣国の『気に入らない事』をした点であろう。
しかし、近隣国は『気に入らない事』を正規の方法で解決しなければならない。
問題の解決は、外交によって図られるべきだ。

そもそも「靖国参拝」は外交問題と成り得るのだろうか。
玩具を要求する事を含め、駄々を捏ねるのはその要求に正当性が無いからかもしれない。
近隣諸国は筋違いな要求をしている可能性もある。


二国間において、対立が起こる事は当然の事だ。
近隣諸国との対立は外交において解決出来る様にしなければならない。
しかしその責任は日本にだけあるのではない。


是非とも「気に入らないから会わない」というのだけは、止めてもらいたい。

[2005年11月06日] 『バカチョン』カメラ

たまたま目にした在日朝鮮人のblogにこう書いてあった。


ある人の講演を聞きに言って、その人はとても為になる事を言っていたのだが
最後に『バカチョンカメラ』と言ったので、全てが台無しになった


彼によると『チョン』は朝鮮人に対する蔑称で、『バカチョン』は「馬鹿な朝鮮人」
との差別用語だと言う。

実は私も若い頃に、何気なく「バカチョン」と言って、気まずい思いをした事がある。
それ以来「バカチョン」は言わない様にしているのであるが、
弁解させて頂ければ、私の発言は朝鮮人を念頭に置いたものではなかった。


この「(バカ)チョン」であるが、今現在差別用語であるかどうかは別にして、
少なくとも私は、元来この言葉は朝鮮人とは関係無いものと理解している。
(是非とも辞書などで調べて欲しい)

私は言語学者ではないので、ここで言葉の語源について論じるつもりは無い。
嫌な思いをする人がいるなら、どうしても使わなければならない場合以外は、
別の言葉に置き換えれば良いと考えている。


--
私は以前から毎日新聞の社説を問題にして来た。
私が毎日新聞の社説を批判するのは、何度も言う様に私の主張と異なるからではない。


毎日新聞は『主張してはいけない事』を主張しているのである。

『主張してはいけない事』の典型的な例は、個人の宗教覩に関するものである。
他人の信じている宗教の教義に対し、他人が口出ししてはならない。
どう見ても奇異な行為で、例えそれを合理的に説明できなくとも、
教義で禁じられている事を強要したり、義務とされている事を禁止してはならないのである。
私が靖国問題を取り上げるのはこの為だ。別に私は靖国神社に思い入れなどない。


靖国参拝を、言葉狩りと同じに論じる人がいる。
嫌な思いをする人がいるなら、行くべきではないと。
彼らが熱心に主張する被害国民が心を痛める理屈も理解出来る。

しかし、嫌な思いをしている当人が「嫌だから止めてくれ!」と言う事は当然であるが、
第三者が「嫌だと言っているから止めろ!」と言う事を言ってはいけないのである。
せいぜい「行かないでくれ!」と依頼するに留めるべきなのだ。
中には「首相の信仰心など大した事はないのだから止められるはずだ」と言う人まで居る。

信仰とは、当人と『絶対者』との関係(契約)だ。
信仰心についてコメント出来るとすれば、それは信仰対象である『絶対者』だけである。
他人の信仰心を評価してはならない。


日本では、これらの事が理解されていないように思う。
国会に於いても、野党は与党に「これは公約違反だ!」と非難したりしている。
そもそも「公約」は政党が国民に対してした約束である。野党としたものではない。
公約違反かどうかは、国民が判断すべき事なのだ。
このため野党は公約に絡めず「これは国民の為にならない!」と主張すべきなのだ。

それに、与党に公約を守らせる事が野党の役割ではない。
それどころか、自分達が正しいと思う様に公約を破らせる事こそが野党の仕事だ。
野党のすることには一貫性がない。


--
国会議員は誰しも自分の主張こそ正しいと考えている。
そのためにはあらゆる機会を使って自分の主張を実現すべきだと考えるのも分かる。

しかしながら、政府(与党)の不利益は自分(野党)の利益であるとの考えは有害だ。
同じ政府を困らせるにしても、国民の利益に適わなければならない。


靖国参拝を騒ぎ立てて、首相を追い落すという方法もあるだろう。

悪い首相を辞めさせて、より良い首相にできるのなら靖国批判は理に適う。
しかし、悪い首相を辞めさせる事ができなかった場合には、
いたずらに近隣諸国との関係を害した事の責任を取らなければならない。
悪い首相が悪い状態で外交を行わなければならなくなるからだ。
国民の為に成らない事は明白であろう。

もしそれが出来ないのなら、不本意ではあろうが国益(国民の利益)を考えて、
対外的には靖国参拝は問題が無いと言う主張をすべきなのだ。
そして、外交を損なわない様に国内的に首相に参拝を止めさせなければならない。

外交を損ねる事は、与党の不利益であると同時に国民にとっても不利益となる。
このため首相の行為自体が問題の核心であっても、
国益を考えて敵である首相を庇う事も国会議員の義務である。


靖国問題は反対する人が考える以上に根が深い。
参拝に反対する人は「自分は参拝しない」と言う。だがそれだけでは不十分だ。
彼らは無責任に問題を先送りしているに過ぎない。
きっと貴方は行かないのだろう。しかし貴方の次の首相がまた行くかもしれないのである。

代替施設を作っても、首相が靖国神社に行かないと言う保証にはならない。
代替施設への参拝と靖国参拝は矛盾しないからだ。

問題を先送りしない為には、靖国参拝には被害国民を傷つける意図がなく
軍国主義に繋がらない事を『納得』してもらうか、
「靖国参拝禁止法」を作るなり靖国神社自体を無くしてしまうなど、
将来にわたり問題が起こらない『しくみ』を作らなければならない。

現在の日本の法体系で、靖国神社を潰したり、靖国神社の参拝のみを禁止できるだろうか?
これはおそらく無理だ。
現実的には、首相に対し一切の宗教行為を禁止する法律を作る事位しか出来ないだろう。


靖国参拝を非難する人は、何等解決策を提示できていない。
少なくとも「不戦の誓いのためだ!」と繰り返す事の方が、
被害国民に日本の立場を理解してもらうという戦略に適っていると言える。

国会議員は問題に正面から取組み、根本的な解決をしなければならない。
靖国問題は、本来なら公式参拝などと言って必要以上に問題を大きくした
当時の中曽根首相が解決しておかなければならなかった事である。
「政治的判断で取り止めた」など、詭弁だ。


問題の先送りは、後に大きなツケを残す事を学習しなければならない。



--
私にも「バカチョンカメラ」が、朝鮮人の心を傷つける『理屈』は理解出来る。
しかし、朝鮮の人にも発言の『趣旨』を正しく理解して欲しいのだ。


私達は、カメラにかこつけて朝鮮人を馬鹿にしたい訳ではない。



===
(11/6 12:00)
橋本元首相が公式参拝したとの記述がありましたが、
中曽根元首相の誤りでした。

このblogはひとつの考えを提示する事が目的ですので、
特に事実関係は話半分と思って下さい。
もし、一般的に知られていない事が書かれていても
私は一次情報を得る立場にはありませんので、
それはきっと私の思い違いです。

読んだ結果に何が起ころうとも、自己責任ですよ!

[2005年10月19日] 『靖国問題』に思う。

首相の靖国神社参拝を受けて、中国が町村外相の受入れを拒否したらしい。


この問題を複雑にしているのは、問題の本質も理解出来無い無能な政治家が *たまたま*
自分が靖国神社に行かないと言う事があたかも良い事であるかのように騒ぎ立てる事だ。
国益を考えれば、対外的には日本の立場(軍国主義化には結び付かない事)を示し、
問題に思う事については、あくまでこっそり首相に忠告すべきなのだ。
彼らは公共の場での靖国批判が国益(主権者たる国民の利益)を損なうという事さえ
分からないらしい。外交懸案を政争の具とすることは、国賊ものだ。

国会議員は国益を守るために存在している事を忘れてはならない。
これは自説が正しいかどうかには関係無い。


--
日本は、中国や南北朝鮮との価値観の違いを自覚すべきなのだ。

日本は、戦後(というより開国以来ずっと)アジアではなく欧米の価値観を追求してきた。
それはある意味、客観的な合理性を目指したものである。
一方周辺諸国は依然としてアジアの価値観を貫いている。こちらは主観的で感情的なものだ。


日本がどんなに努力しても(主としてアジアの)外国から評価されない理由はここにある。

立場を入れ換えて、もし日本が中国の『軍国主義化』を懸念していたとしたら、
日本は中国の外相受け入れを拒否するだろうか?
そんな事は絶対に無いだろう。むしろ日本の方から対話を求めるはずだ。

相手の敵対的行動に対し、こちらも敵対的に応じることは緊張を高めるだけだからである。
欧米の価値観としてはこれが普通であろう。


ところが中国は違う。


この事こそ日本と中国(や近隣諸国)との違いなのだ。
日本は敵対する国ほど妥協し配慮するのに対し、
中国は友好的な国には優しく、自国を害する国には敵対的な行動を取るのである。

例えば第三国が自国の利益のみを考えた場合、どの様な行動を取るべきかと言えば、
日本から利益を得ようとするなら敵対的な関係を演出した方が有効であるし、
中国に対しては敵対的な行動よりむしろ友好的に振舞う方が有利になる。

日本に何かの援助をしてもらった場合、感謝を表明するよりむしろ不満を述べた方が良い。
日本はきっと
「なぜ感謝されなかったのだろう?方法が悪かったのか?規模が中途半端だったのか?」
等と『反省』し、次回はもっと効果的で大規模な援助を行う事になるだろう。

一方中国に対して同じ事をしたなら、中国は援助を打ち切るだけではなく
敵対的な行為を取る事になる。
そのため、どの国も中国に対しては実際以上に『感謝の意』を表明するのだ。


確かに日本は損をしている。
折角良い事をしても他国の政府が実際以上に日本の悪口を言う事により、
その国民に対して日本という国が「悪い国」であると印象付けてさえいるのである。
援助すればする程、日本は悪者になってしまうのだ。
日本と(経済的にではなく政治的に)仲良くなるメリットが挙げられるだろうか?


日本はアジアというよりもむしろ欧米と価値観を共有している。
日本が欧米に存在していたのであれば、これ程の摩擦は起こらなかっただろう。
ドイツが日本に比べて近隣諸国との関係が良好であると言われるが、
周辺国の価値観が日本とドイツでは全く異なる点を割り引かなければならない。
価値観の違いは対立の原因と成り得るし、戦争の引き金ともなるからだ。

この反例として、欧米の新聞社の一部が日本を批判している点を挙げるかもしれない。
しかし私からすると彼らは日本の周辺諸国の行為を欧米の文脈で解釈している様に思える。
欧米の価値観から見れば中国の行為は異常である。
「あんな事をするからには余程日本が悪いに違いない」と。


日本が近隣諸国との関係を(表面上)良好に保とうとするなら、欧米の価値観ではなく、
アジア的な価値観を選択する必要がある。ただ、私はこの事が良いとは思わない。
自国の利益だけを考えれば確かに中国的な手法は効果的で即効性がある。
しかし自国の利益のみを追求しているだけでは、
世界全体としての平和や安定が保てなくなるのだ。

一方で、日本がこの様に『優しい』(相手の顔色を伺う)外交を自ら選んでいる訳ではない。
日本には他に選択肢が無いのだ。
日本は問題の解決の為の最終手段(切札)である「交戦権」を認めていないからである。


中国が日本の軍国主義化を非難するにもかかわらず、話し合いによる解決を選ばないのは、
中国政府自身が「日本は軍事的な行動を絶対に取らない」と言う確信を持っているからに
他ならない。

私が中国が靖国参拝を非難する意図が、彼らの主張する「右傾化」や
「軍国主義化」とは関係無いと考える根拠はここにある。


感情が傷付いて文句を言う事は構わない。しかしその『感情』で外交を行われては困るのだ。
感情の行き違いは、話合いによって解決を図らなければならない。

この様な時こそ、話し合う必要がある。

日本が即効的な中国的戦術を取らず欧米の手法を取る以上、目先の事に囚われてはならない。
長期的に見れば日本が安易に折れて参拝を止めるのではなく、近隣諸国との徹底的な話合いに
結び付けなければならないのだ。

参拝中止は対症療法でしかない。本質的な問題は価値観の違いや各国との利害の対立である。
これは話合いによりお互いを理解し合う事でしか解消出来ないし、
おそらく完全に解決する事はないだろう。

「仲良くする」と言う事は問題を起こさない事ではない。仲良くし続けるという
『ポーズ』を続ける事だ。そしてその『ポーズ』とは、お互いを理解し認め合おうと言う
努力の積み重ねに他ならないのである。


理由はどうあれ、対話を拒否する事を正当化は出来ない。

日本国民は先の戦争から学んだのだ。
全ての問題は、話し合いで解決しなければならないと。

中国も正当な主張があるのなら、対話に応じるべきである。

[2005年08月17日] 靖国問題の『違和感』

中国や韓国は「『首相の』靖国神社参拝」を問題にしている。


私は、これに違和感を感じる。

もし日本に対する危惧から自然発生的にデモが生じたのなら、
なぜ「戦争を美化する靖国神社を潰せ!」や、
「危険思想を持つ首相を辞めさせろ!」と主張しないのだろうか?


首相に限らず、日本人の多くが戦争を美化する神社に参拝をする事は、
軍国主義化に繋がるだろうし、好戦的な思想信条を持つ首相であるなら、
例え神社に参拝しなくとも侵略戦争を始めるだろう。


この「『首相の』参拝反対!」と言うのは、絶妙なのだ。

おそらく「神社を潰せ!」や「首相を辞めさせろ!」との主張であれば、
全面的に日本国民の反発を買うだろう。

しかし問題を『首相の』行為に限定することにより、
首相に対しては何を言っても構わないと考えている国民や、
首相を非難するのが仕事であると考えているマスコミや野党、
政府が国民の利益代表である事を理解せず目の仇にしている『市民』は、
きっと喜んで受け入れるだろう。


これが自然発生的に生じたとは考えにくい。おそらく、この主張に誘導した者がいる。

この『主張』自体が、何も問題を解決するものでは無い以上、
『日本』を悪者にする事が出来れば、きっと内容などどうでも良かったのだ。

民族の結束を図る為か、日本企業に対する牽制か、日本から『何か』を
得ようとしているのかは分からないが、いずれにしても中国や韓国にとって、
このスローガンが国益に叶っている事は間違い無い。


--
問題なのは、日本のマスコミだ。
「戦争指導者を祭っているから(首相は)参拝すべきではない」だとか、
「首相が参拝すると、首相談話が紙切れ(?)になってしまう」など、
頓珍漢な主張をしているのである。

本来なら、前者であれば当該神社の廃止を求めるべきであろうし、
後者は暗に「靖国参拝は軍国主義化を進める」と主張している事になる。

朝日新聞などは、
> 他者の存在を受け入れ、思いやり、言い分に耳を傾ける
> 寛容な心なしにその流れに歯止めをかけることは難しい。
などと、模範解答の様な主張をするが「思いやり、言い分に耳を傾ける」は、
おそらく「首相の参拝を中止する」事を指すのだろう。

これはきっと誤っている。今まで日本はそうやってきたのだ。日本は、
「自分の主張ばかりせず、相手を思いやり言い分に耳を傾け」ているから、
自分が『良い子』であると思い込んでいたのだ。
でも、日本は相手の事も考えなければならない。相手も、
「自分の主張ばかりせず、相手を思いやり言い分に耳を傾け」たいかもしれないのだ。
しかし、相手の話しを聞いているだけでは、自分を分かってもらう事など出来ない。
日本は、相手に理解してもらう努力をしていないのだ。

聞いてもらう努力もせずに、「分かってくれない!」と切れるのは誤りである。


もし、何の説明もせずに突然参拝を中止したとしたら、それはそれで不気味であろう。
相手の主張を受け入れて参拝を中止するなら、同時に謝罪をしなければならない。

そしてその謝罪は、「先の戦争は悪くないと思って参拝を続けて参りましたが、
やっと自分の誤りに気づきました。申し訳ありませんでした。もうしません。」
となる。この『謝罪』により、日本には『誤った』考えを持つ首相がいた事になるのだ。
確かに日本は反省し謝罪をしたが、こんな国を信頼など出来るだろうか。

実際に首相がその様な考えを持っていたのなら、この行為は最善の選択であると
言えるだろう。しかしながら私には首相が戦争を賛美しているとは思えないのだ。


このため私は、続けるにしろ取り止めるにしろ、
靖国を参拝しても軍国主義には結び付かない事を説明するしかないと考える。




P.S.
朝日新聞は、(2005年08月16日(火曜日)付)社説で、
>他者の存在を受け入れ、思いやり、言い分に耳を傾ける寛容な心
等と、『良い子』ぶっているのにも係わらず、

> あの戦争に対する反省や責任の呪縛から解き放たれたような、
> 奇妙な時空間が広がっていた。
と、「終戦60年国民の集い」を一方的に非難するのである。

『奇妙』とは何なのだろう。彼らにも彼らなりの世界観や理屈が存在するはずだ。
それを理解せず、一方的に非難するのはジャーナリストではない。

ジャーナリストとは、自分の主義主張に沿うように『事実』を意味付けるのではなく、
事実からその本質を導き出す事が仕事である。朝日新聞は、その事を理解していない。
朝日新聞は、中国や韓国についても『奇妙な時空間』等と言って済ますのだろうか?

朝日新聞は『近隣諸国』には聞く耳を持てと主張するが、
自分の価値観とは違う『日本人』を理解する気が無いのだ。


『近隣諸国』を言う前に、同じ日本人同士、もっと理解しあうべきである。
非難するばかりでは、何も解決しないのだから。。。

Appendix

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