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[2008年08月08日] 雇用問題: それは本当に『当然の権利』なのか?

私は一連のエントリを『当然の権利』について無自覚な正社員の啓蒙の為に書いたつもり
だったのですけど、読み方によっては非正社員を煽っている事に繋がったのかもしれません。
少し補足します。

正社員はフランス革命前の貴族と同じだと考えます。
「自分は貴族(人間)として当然の権利を得ているに過ぎない」
きっと貴族達もこう信じて疑わなかったはずです。

この為非正社員に対して心ない非難がまかり通っています。
「(愚かな)非正社員やニート達は他人の権利を奪う事ばかり考えて、
どうして『俺にもその権利を寄越せ!』と主張しないのか(苦笑)」と。
馬鹿な非正社員どもが、経営者に騙されていると言わんばかりに。

私にはフランス革命で「平民にも年金支給と免税特権をよこせ!」
と主張すべきだったとは思いません。
これでは一体誰が税金を払うのでしょうか?年金の原資はどうなるのでしょうか?
この様に少なくともフランス革命において『俺にも特権を寄越せ!』
との主張が現実的ではない事は自明です。

「非正社員やニート達は他人の権利を奪う事ばかり考えて、
どうして『俺にもその権利を寄越せ!』と主張しないのか(苦笑)」
と主張する為には「非正社員やニート達もその権利が得られる」事を示す必要があります。
でも彼らはそれをしません。出来ないのです。

『(苦笑)』とある様に彼らは自分が馬鹿な非正社員等よりも優れていると
思いたいのでしょうが、やっている事は子供が駄々を捏ねているのと変わりません。
「何でママに『僕も欲しい!』って言わないの?泣いていれば買ってくれるのに!」と。
実のところ現在の労働運動はこの様なスタンスで展開されています。彼らは経営者に
「弱き労働者の『当然の権利』を認めろ!」と叫んでさえいれば叶ったと言う成功体験に
囚われています。彼らは自分の損得ばかりで他人の事など考えてなどいないのです。

これが成立するのは二者関係の場合であり、これを「正社員」「経営者」「非正社員」の
三者関係で行えば破綻します。その結果が現在の状況なのです。
企業の利益を「正社員」「経営者(資本家)」「非正社員」で分配するとして、
「正社員」が分け前の上乗せを要求した場合、
それは「経営者」と「非正社員」の分け前の減少を意味します。
「正社員」の要求は「経営者」だけではなく「非正社員」に対するものにもなるからです。
正社員の『当然の権利』は、非正社員の権利を踏みにじる事で
成立していたのかもしれません。この事を良く考えるべきです。

もし、非正社員も現在の正社員同様の権利が得られる余地があると言うのなら、
正社員と非正社員とが手を携えて主張をすれば良いでしょう。
こうすれば「労働者」(「正社員」と「非正社員」)対「経営者」との二者関係として
現在の労働運動のスキームで権利の主張が行えます。

「自分は『当然の権利』を得ているのだから巻き込むな!」
この様に主張する人達が、非正社員の事を考えているなどとは到底思えません。

彼らは同じ労働者が生存権を脅かされているのを目の当たりにしてもなお、
外食や旅行やパチンコを止められないのです。

[2008年07月22日] 非正社員の待遇を向上する為に

コメント欄で[58]さん(非表示指定の為)に煽られましたので、エントリを立てました。
「正社員が非正社員の為に動くとは思えない。」[58]さんはこの様に主張されます。

確かに皆自分の事が一番可愛いですから、非正社員の問題に関して
特に正社員の不利益になる様な事までして協力する可能性は低いでしょう。
ここで私が画期的な解決策を提示出来れば恰好が良いのですが、
残念がら私はその答えを持っているとは言えません。
ぜひとも雇用流動化に反対する人達にも解決のシナリオを考えて欲しいと思います。
現在の彼らの主張は、最終的には「小泉改革が悪い!」となる様ですが、
小泉政権前から既に非正社員は存在していました。でも単に声が小さかった為に
顧みられる事が無かっただけなのです。
この問題を小泉改革に求めても何の解決策にも繋がりません。
雇用流動化に反対する人達も『弱者』の為と主張するなら、解決策を提示すべきです。
それが出来ないのなら私は「小泉批判の為に弱者をダシに使っている」と非難します。
(非正社員の人達は政治運動に利用されているだけなのですよ!)
但し、有効な解決策を提示出来た場合はこの限りではありません。

ここで非正社員が正社員の待遇に比べて低い事ではなく
なぜ正社員の待遇が良くなったのかについて考えてみますと、
その原動力は労働組合にあったと考えられます。
これを裏返せば、労働組合が組合員の利益しか考えず
一緒に働いている非正社員の人達を無視し続けた結果とも言えます。
労働組合も『弱者の為』に動いているのではなく、
自分達(組合員)の利益を最大にする為の活動をしているに過ぎないのです。
しかしながら労働組合の様な組織に対しては『建前論』が有効です。
「同じ労働をしている者の待遇に格差があってはならない」こう主張して
非正社員の待遇を正社員のそれと同じにする様に働きかける必要があります。
「弱者の事を考えろ!」こう主張する相手は労働組合が適切かもしれません。
(日本全域を対象とした非正社員の為の組合でも出来ると良いんですけど。
今の日本は非正社員の存在無しには成立しませんから、
非正社員が一斉にストでもしたらかなりインパクトがあるはずです。
ネットで連携とか出来るかな。。。)

現状を蟹工船に例える人がいます。[58]さんの仰るとおり、
蟹工船で労働者たちを人間扱いしなかった監督者である浅川と言う人物を
現在は正社員が演じています。
これを私は『非正社員の「本当の敵」は正社員だ!』と表現しました。
蟹工船同様、雇用流動化に反対する人達のシナリオではおそらく
『悪者』は経営者や資本家でなければならないのでしょうが、
正社員は資本家にむりやり悪役をやらされているのではなくて[58]さんの仰るとおり
自分が楽をしたいだとか他人に命令する事で優越感を得ている様にしか見えません。
仮に誰かの『陰謀』であったにしろ、その様に振る舞っている人物に罪が無いと
言う事にはならないのです。この事は人権問題として提起すべきです。

と同時にこの様に正社員が強く出られる原因を分析する必要があります。
「非正社員は非人間的に扱っても従う」
こう確信しているからこそ正社員はその様に振る舞えるのです。この事は
非正社員にしてみれば「辞められない」「従わざるを得ない」と言う事になります。

なぜ「従わざるを得ない」のかと言えば、『業務命令』だからです。
もし正社員が非正社員に仕事を押し付けて遊んでいたとするなら、この正社員は
会社の役に立っていない事になります。会社からすれば無駄な人材となりますから
本来ならリストラの対象になっても良いはずです。なぜそうならないかと言えば、
正社員の身分が保証されているからです。正社員はまず解雇されませんから。
(「解雇の自由化」によりこれを抑止する事が出来るはずです)
この様に「解雇の自由化」は正社員と非正社員との間でのコストパフォーマンスの
競争をもたらします。その結果両者の待遇の差は小さくなるはずです。
正社員と非正社員との待遇に差が無くなれば、より連帯し易くなります。

「辞められない」のは、生活の不安からではないでしょうか。
現在売り手市場と言うほどではありませんから、仕事がすぐに見つかるかどうか
不安なはずです。その上非正社員の作業単価は低く抑えられていますから
蓄えを行う事も困難になります。これらにより安易に辞める事が出来ません。
(「非正社員の待遇改善(給与の向上及び雇用保険)」により辞められる様にします)
特定の社員の管理監督する非正社員ばかり辞めていくとなればこの正社員の
管理責任が問われる事になるでしょうから、少しは優しくなるんじゃないかな。

また実態を把握していないので何とも言えませんが、期間を定めた契約の為に
辞められないと言う事例もあるかもしれません。
(「有期契約の労働者側からの解除要件の緩和」として、期間を定めない場合と同様に
2週間の通告で無条件に辞職出来る様にします)

私が想定しているスキームは以上です。
「解雇の自由化」「有期契約の労働者側からの解除要件の緩和」に関しては
法律の改正で可能なはずです。「非正社員の待遇改善」を労働組合だけに
求める事は説得力に欠けますね。正社員は自分勝手な人ばかりなのでしょうか。


反論でも構いませんが、特に非正社員が幸せになれるアイデアの提供を期待します。
私は特に雇用の自由化に固執している訳ではありませんから、
雇用を固定化する様な手法であっても歓迎します。

あと、私は会社を辞める事を推奨している訳ではありません。
石の上にも40年?と言いますしね。

[2006年12月03日] 政治が行うべき「職場でのいじめ」対策?


大人にもいじめがある。

しかしながら成長中のこどもとは違い大人は『一人前』である点。
家族や環境の制約が子供ほど絶対的ではない点において子供のいじめとは違う。
大人は子供に比べれば遥かに環境を自分でコントロール出来るのだ。
いじめの被害は、環境をコントロールする事によって、ある程度抑制可能である。

一方、大人には子供とは違い生活のために避けられない要因も存在する。
仕近所付き合いや親戚付き合い、仕事等だ。

ここでは職場でのいじめについて論じたい。


日本では職業選択の自由が存在する。
一言で言ってしまえば、職場でいじめられたら職場を変われば良いのだ。
しかし事はそう簡単ではない。

「いじめる人こそ会社辞めさせるべきだ!」との主張もあるだろう。
でも、例えその人を排除したとしても、
そんな人をのさばらせている様な会社に勤めていて、幸せだろうか?
職場の環境が良くないのなら、もっと良い会社に移れば良いのである。
そうすれば、自然とその様な会社は淘汰されるはずだ。

しかし現実問題として、 転職したりパートやアルバイトになると
正社員に比べて様々な不利益を被るのも事実である。
実際には、おいそれとは辞められないだろう。


私は雇用の流動化こそ必要だと思っている。
この職場を辞めたら生活が著しく低下すると思えば我慢せざるを得ないだろうし、
例えいじめは無くとも、職場に残る為に無理な仕事を続けて過労死になるかもしれない。

「今の職場を辞めてもなんとかなる」と思えるなら、例え実際に仕事を辞めなくとも
「クビになったら大変だ!」との不要なプレッシャーを受けずに済むのではないだろうか。
そうなれば会社に申し立ても行い易くなるだろうし、「嫌なこと」もそれほど深刻に
考えなくとも済む。なぜなら、どうにもならないなら逃げ出せ(辞められ)るのだから。

この為には、離職してパートやアルバイトになったり、転職等をしても
不利益にならないようになっている必要がある。
しかし正社員達は長年、自分(正社員)の権利のみを主張する一方、
組合などを持たず物を言えないパートやアルバイト、中途採用者の事を顧みなかったため、
彼らの立場が著しく低下してしまったのである。
私は正規雇用者の賃金が多少下がってもパートやアルバイトの待遇を改善すべきと考える。


--
昨今、野党は「年収の低い非正規雇用が増えた」等と問題にしているが、
以前から「非正規雇用者」は存在したのである。
当事者にしてみれば『自分』が非正規雇用なら、それは人数が多かろうが少なかろうが関係は無い。
弱者の味方を気取るなら、人数が増えた事自体を問題にすべきではないのである。
例え人数が少なくとも「虐げられた」人の存在を見過ごしてはならなかったのだ。

問題にすべきは非正規雇用が増えた事よりもむしろ非正規雇用の待遇である。
私は非正規雇用の賃金を正規雇用のそれよりも高くする事を法律で定めるべきだと思う。

企業からすれば、継続して雇用する義務を追う正規雇用者はある意味リスク要因でもあるから
賃金を下げる要因となり得るだろうし、披雇用者の立場からすれば、
非正規雇用は収入の安定と言う点でリスクを負っている訳だから賃金の上乗せは当然だ。
こうしておけば経費削減のために、企業は今以上に正規雇用に積極的になるのではないだろうか。

一般的には労働者の収入は安定していた方が望ましいし、累進課税や控除等のしくみを持つ
日本の税制においても有利だ。累進課税は生活の安定しない本当の弱者の味方ではない。
控除も収入が多い人ほど有利になる制度である。
例えば、2年間で一千万円の収入があったとして、毎年五百万円づつの収入があった場合と
それぞれ0円と一千万円であった場合ではトータルでの税額は全く違う。

累進課税があたかも平等であるかの様な主張は収入の安定したサラリーマンにしか当てはまらないのだ。
政治がポピュリズムであるのは、この点からも明白であろう。
これは非正規雇用の『人数』を問題にしている野党の主張にも、顕著に示されていると言える。


「正規雇用者の方が熟練している」との議論もあるだろう。
しかし、それは正規雇用である事や勤続年数ではなく「熟練している」点こそを評価すべきだ。

私は賃金の算定方法を変えるべきだと考えている。
まず先に正規非正規に拘らず同一の習熟度の判定基準を決めておくのである。そして
正規雇用者はそれから一定の割合を割り引き、非正規雇用者は上乗せする等の賃金制度にすべきだ。
これは、「成果給」と言う時代の流れににも則ったものではないだろうか。


私はパートやアルバイトや中途採用者の待遇を改善する事が正社員の生き易さにも繋がると信じている。

「情けは人の為ならず」なのではないか。

[2005年05月19日] サラリーマン根性

先の列車事故で、マスコミは鉄道会社の批判しかしないので、敢えて従業員の批判をする。


最初に断っておくが、従業員の問題は(少なくとも対外的には)経営者の責任である。
仮に従業員に問題が認められても、それは最終的には全て経営者の責任だ。
そのため、これは経営者を擁護するものではない。


まず「『最新の』列車制御装置を導入していれば事故は防げた」というのは、事実だろう。
しかしながら『最新の』装置を導入しなかった事は、直に経営者の責任なのだろうか。

私は車を持っている。私の車は古いので『最新の』制動装置も、
『最新の』操舵装置も『最新の』障害物発見装置も搭載されていない。
もし仮に私が事故を起こし、これらの装置を装備していれは事故が防げたとしたら、
事故の原因はこれらの装置のせいであろうか?

もしそうであるのなら、『最新の』装備をしていない車を運転している私は既に犯罪者だ。
これは違う。事故を起こしたのであれば、それは私が安全運転をしなかったせいだ。

しかし、個人と法人は異なるので、電車も安全運転すれば良いと主張するつもりはない。
飛行機事故であれば、当然の様に『フェールセーフ』や『フォルトトレラント』と言う事が
言われたばずなのだが、列車事故の報道でこの言葉を耳にしない。これらは簡単に言えば
「多少の失敗や故障があっても大きな問題にさせない『しくみ』」の事である。
法人であれば当然、安全を担保する『しくみ』を持たなければならないのだ。

この『しくみ』を体系化して実施させるのが経営者の責任だ。
事故は様々な要因によって引き起こわれたのだろうが、
少なくともスピードが超過さえしなければ、事故は起こらなかったと考えられる。
『最新の』制御装置を問題にするのもこの点を主な原因としているからだろう。
では、スピード超過を防止する『しくみ』は存在したのだろうか?

私は存在したと考える。
この車両には、運転士の他に列車の速度を知る事が出来、ブレーキをかけられる立場の
人間が存在していた。
現時点で車両の故障は認められない。制限速度以内の速度において事故が起こらないと
仮定するなら、この人がブレーキをかけていれば事故は防げただろう。

もし『最新の』制御装置が存在していれば、二人のエラーに対しても対処出来た事は事実だ。
装置の有無を問題にする場合、運転士だけでなく、二人の人間が共にエラーを起こす可能性も
経営者として担保すべきかどうかの判断をする必要がある。
一方、仮に『最新の』制御装置があったとしても、二人がエラーを起こし当該装置が故障して
いたのなら、事故は起こっただろう。マスコミの言う「100%の安全」など絵空事なのだ。


また事故の直前に正しく停止出来なかった事を『正直に』報告しなかった点も重視すべきだ。
エラーを起こした本人が報告するなら自己保身の為に不正な報告をする事が当然予想されるが
今回は別の人間が報告している。現場の人間が相談して故意に不正な報告をしたのだ。
この件に関して経営者に問題があったとするなら、エラーを起こした本人より、
不正な報告をした人間を厳罰に処す事をして来なかった事であろう。
そして報告する義務を負うのは、エラーを起こした当人であってはならない。

事故の起こった場所は、日常的に速度超過があったようだ。
マスコミはその原因を過密な運行計画とするが現場の人間は正直に報告していたのだろうか。

問題が報告されない以上、経営者がそれに対処出来ないのはやむを得ない。
勿論、正しく報告させる事が出来ない点も最終的には経営者の責任ではある。

もし、企業風土がそれらの報告妨げているとしても、それは自分や乗客の安全に係わる事だ。
報告しない事の言い訳にはならない。
この様な言い訳が出来るのは、『サラリーマン根性』が染み付いてしまったせいだろう。
安全(自分の命)より会社での自分の立場を優先させたと言われても仕方がない。

ただこれを全て『サラリーマン』個人に求めるのは酷である。
個人で言えない以上『労働組合』が仲介して「速度超過しないと定時運行は不可能である」
と経営者側に申し入れるべきであった。
事故が起こってから喜々として経営者を非難する労働組合も、目先の利益ばかりで
安全に対して無頓着だったのではないだろうか。労働組合も自分達の活動を反省すべきだ。

その企業活動についての責任は、最終的に経営者にある。
これは、経営者を擁護するものでも個人を非難するものでもないことを理解されたい。


マスコミや労働組合が『弱いもの(サラリーマン)の味方』を気取るのは勿論結構だが、
それは弱いものの責任を別のものに擦り付ける事ではない。


例え『サラリーマン』であっても、自分の責任は(その範囲内で)取らなければならない。

Appendix

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Author:minorYou
匿名でーす。

皆が言っている事は特に書きません。
改行が変ですが『縦書き』はありません。

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