おはようございます。小島慶子です。
民意を問う選挙の結果与党が大敗。安倍政権にはNOが突きつけられました。
しかし『私は辞めない』と断言した安倍総理。国会が始まると自民党の議員が
本人を前にして辞める様に言うなど、異常事態となりました。
そして支持率も下がる一方です。
それでもなお安倍さんは国民の声に耳を貸そうとはしません。
それを見たアメリカの大使は民主党の小沢代表の元へ駆けつけました。
アメリカが今の日本をどう見ているかがそこに表れています。
このまま国民の声と政治がずれていくと何が起きるのでしょうか。
政局の鬼との異名を持つ野中さん。そして昭和からの出来事の全てを知りつくす
ベストセラー作家のアンドウ?さんに駆けつけて頂きました。
司会はミクリヤタカシ?さんです。それではドラマチックトークのスタートです。
(TBS8月12日『時事放談』より)
何か凄い事を言っています。
この番組では主に政治に関する話題をゲスト二人が話すのですが、
ゲストには民主党の関係者と与党の反主流派ばかり呼んでいる印象があります。
「ドラマチックトーク」って『劇場型政治』そのものではないですか。
小島慶子氏が名前を名乗った直後なので、自身の見解を述べている様にも思えます。
それとも彼女は原稿を読んでいるだけなのでしょうか?
発言中には『安倍総理』との呼称もありますが、
「国民の声に耳を貸そうとしない『安倍さん』」と
「アメリカの大使が駆けつける『小沢代表』」の対比には作為を感じます。
# アメリカの大使は一体何を見たのでしょう。
# アメリカの大使は本当に小沢代表の元に『駆けつけた』のでしょうか。
# アメリカが今の日本をどう見ていると言うのでしょう。
気になりますね。。。
「しかし『私は辞めない』と断言した安倍総理。」
「それでもなお安倍さんは国民の声に耳を貸そうとはしません。」
「このまま国民の声と政治がずれていく」
『しかし』『それでもなお』『このまま』等の言葉の使い方にも注意すべきです。
小島氏は諸悪の根源は「安倍首相が辞めない」事にあると主張している様ですが、
私にはアメリカ大使やアメリカが気にしているのは日本国民の声などではなく、
政治的な影響力についてだと考えます。
「民意を問う選挙の結果与党が大敗」
「安倍政権にはNOが突きつけられました。」
「『私は辞めない』と断言した安倍総理」
「自民党の議員が本人を前にして辞める様に言うなど、異常事態となりました。」
「支持率も下がる一方です。」
「安倍さんは国民の声に耳を貸そうとはしません」
いったい上の何を見て
「アメリカの大使は民主党の小沢代表の元へ駆けつけ」たのでしょうか?
私はどれも当てはまらないと思います。
これは単に民主党が参議院での第一党になったからではないでしょうか。
首相や与党に問題があったから民主党代表の元に駆けつけた訳ではないはずです。
面識の無い人物が突然権力を持ちだしたのだから「一度会っておこう」って事でしょ。
それに一度拒否された後、日程を調整して会ったのだから別に駆けつけてなどいません。
TBSはネガティブキャンペーンが過ぎませんか。
これって世論誘導番組なんじゃないの。
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「"LD"って知ってる?"KY"(空気読めない)よりもっと酷い事だよ!」
民主党前原前代表の「"KY"と言う言葉が女子高生の間で流行っている」
との発言を受けて田原総一郎氏がサンデープロジェクトで語った。
「女子高生の言葉を知っている」と自慢する時点で救いようが無いのであるが、
田原氏が誇らしげにひけらかした"LD”と言う言葉ついて興味を持ったので
ネットで調べてみた。しかし該当する言葉は見つけられなかったのである。
もしかすると田原氏は「学習障害(Learning Disorders,Learning Disabilities)」
の事を言ったのかもしれない。
学習障害を”KY”と対比出来る様な「酷い事」とするなら、これは問題発言だ。
"KY"は罵倒語である。もし田原氏の言う"LD"が「学習障害」なら、
田原氏は「学習障害は"KY"より酷い!」と主張したのだ。
"LD"の人は"KY"と非難される人達より「酷い」のかもしれないが、
公共の電波を使ってそれを得意気に主張するのもどうだろう。
田原氏は「"LD"を知っている」と主張しているのだから、
"LD"に偏見を持っていると解しても構わないはずだ。
学習障害については、本人はもとより周囲の人も心を痛めているはずだ。
田原氏は「産む機械」について散々批判をしていたのだから、
自身の発言にも注意すべきだろう。田原氏は謝罪した方が良いのではないか。
他人を責める人は、すなわち「他罰的」な傾向を持った人だ。
何か問題があったらそれを他人のせいにするのである。(他に「自罰」「無罰」がある)
この様な人達は「反省しろ!」と他人を責めるが、自分が反省する事は無い。
田原氏がそうであるかは判らないが、マスコミの関係者には他罰的な人が多い様に思う。
自分の事は棚に上げて根拠など関係なく一方的に他人を非難するのだ。
最大限好意的に解釈するなら田原氏は
「"LD"(を罵倒語として使う事)は"KY"よりも、酷い(行為である)!」と
言いたかったのかもしれない。(前後の文脈からはその様な解釈は困難だが)
それとも田原氏の言った"LD"は学習障害の事ではないかもしれない。
田原氏はきちんと説明すべきだ。
伝える事が仕事であるなら、ジャーナリストにこそ説明責任が存在する。
ジャーナリストなら何だかよく判らない事をテレビで言うな!
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実は私自身、この文章が正当な批判になっているかどうか怪しく思っている。
しかし何を言っているのか判らない事に対しては適切に批判が出来ないのだ。
現在の日本では一見尤もらしく思えるが、よく考えると意味不明な言説が蔓延し、
皆がその話の内容ではなく雰囲気だけで判った気になっている様に思う。
これでは有効な議論など出来るはずがない。
日本人が熱病の様に戦争に突入してしまったり戦争を止められなかったのは
日本人が「空気」に対して抵抗出来ない事にも原因がある様に思う。
私にはマスコミこそが最も"KY"に敏感である様に思えるし、
昨今マスコミの流す情報も、中身の無い「空気」の様な物ばかりだと感じている。
国民ひとりひとりがしっかりとした意見を持つ事が理想であるが、
それは一朝一夕には出来ない。少なくともジャーナリストをはじめとした
マスコミこそ「空気」に左右されない確固たる主張をすべきだ。
「空気」の様に根拠の示せない空虚な言説は有害無益である。
アメリカの大使は日本に何を見たのだろうか。
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