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[2007年08月17日] 大澤真幸のナショナリズム

某放送協会で京都大学大学院准教授 大澤真幸氏が
『若者のナショナリズム』について論じていた。

簡単に要約すると、

| 「90年代中盤以降より、右傾化やナショナリズムの傾向が若者の間で高まっている」
|
| 一方で、
|
| 「日本に対してどのくらい自信をもっているのか」との意識調査では
| 「日本人の日本への自信は、80年代の初頭がピークで、その後は下がってきています。」
| 「若い人ほど日本への自信が小さいことがわかります。」
|
| となるので、「ナショナリズムが強化されている、とりわけ若者たちの間で」
| を意識調査は否定している様に見えます。ここで、大澤先生はこう続けます。
|
| 「 ここで、あえてこう考えてみるのです。
| 統計データの上では、むしろ、このような否定的な結果を見せるような、
| 独特なスタイルのナショナリズムが、今日、流行しているのではないか、と。」
|
| この先生はこれら『矛盾』を解消する為に現在のナショナリズムは
| 「独特なスタイル」であると主張するのです。
| <以下、その説明が続きます>

実は私は先生の説明を全て受け入れたとしてもこれは「ナショナリズム」ではないと思います。
なぜなら、
「私は神を信じてはいませんが、教会では礼儀正しく礼拝につきあい、信じているふりをいたします。」
先生はこの様な人を「『独特なスタイルの』キリスト教徒」と呼んでいる事になります。
この人を「キリスト教徒」と分類する必要があるのでしょうか?
私は先生の説明をそのままに、最近の若者は「ナショナリストの様に振る舞っているがナショナリストではない」
と主張します。

詳しくはNHKの解説委員室ブログの8月15日に

「視点・論点 「シリーズ戦後『若者のナショナリズム』」
に全文が掲載されていますので参照ください。

--

10分と言う短い時間に反証可能性をも含めて持論を展開されていると言う点
については評価しますが、前提からしておかしく思います。

凡人なら当然の様に「それはナショナリズムではないのでは?」と
考えるのではないでしょうか?
しかしこの先生は「現在の若者はナショナリズムの傾向が高まっている」とする為に
『ナショナリズム』を再定義してしまったのです。これでは本末転倒です。

先生が『ナショナリズム』の例として挙げた
# o 2002年のワールドカップの折に日本を屈託なく応援する若者たち
# (香山リカ氏が「ぷちナショナリズム」と呼んだ現象)
# o 小林よしのり氏のマンガ『戦争論』の大ヒット
# o ネットでのいわゆる左翼バッシング

これらは、本当に『ナショナリズム』の発露なのでしょうか?
確かに香山リカ氏は『ナショナリズム』と名付けてはいますが、
『プチ』が付いていますから『ナショナリズム』と同じ物であるとは思えません。

(実は私は『戦争論』なるマンガを読んだ事は無いのですが)
特定のマンガが売れたから『ナショナリズム』であると言うのもどうなのでしょう。
これが例えばハードカバーの高価な専門書の様なものであったのなら別ですが、
マンガが売れるのは主張に共感したからと言うよりも「おもしろさ」ではないでしょうか。

左翼の人をバッシングするのは必ずしも『ナショナリズム』のせいではない
と思います。左翼の人同士でも批判しあいますし「バッシング」するのが
『ナショナリスト』の証拠であるとも思えません。左翼の人も『歴史認識』や
『靖国参拝』を「バッシング」しますしね。


意識調査の結果も大澤先生自身
「(ナショナリズムが強化されているとの主張を)まったく否定している」
と述べています。それでもなお「現在の若者はナショナリズムの傾向が高まっている」
と『ナショナリズム』の定義を規定し直してまで主張する意味はあるでしょうか?

その上大澤先生は最後に
# 「あなたはナショナリストですか」という意識を正面から問うような質問には
# 「いいえ」と答えますが、行動の面では、まぎれもないナショナリストとして
# 振る舞うのです。
と述べられます。果たして本人が自覚していない「ナショナリスト」を
ナショナリストと区分すべきなのでしょうか。
そして「日本を屈託なく応援する事」が「まぎれもないナショナリストとして振る舞う」
事にあたるのでしょうか。


実は私はこの行為と意識のギャップは「若者の『ナショナリズム』の特殊性」などではなく、
『サヨク』の人の「認知の『歪み』」を示している様に思います。
おそらく『サヨク』の人にとっては「日本を屈託なく応援する事」や
「小林よしのり氏のマンガを読む事」や「『サヨク』を批判する事」を
『ナショナリズム』であると感じるのでしょう。

私はネットでバッシングされているのは本当の左翼ではなく『サヨク』だと
思っています。(例えば外山恒一氏はネットで大評判でした)
私の言う『サヨク』とは本来の左翼ではなく
「自分のアイデンティテイを補償する為に他人を見下す人」を指します。
(詳しくは「『ウヨク』と『サヨク』と『ネット右翼』(2007-06-13)」参照)

彼らの行動の目的は他人を見下す事なので、相手の上を行く主張をしなければなりません。
このため『サヨク』の主張はどんどん過激になって行きます。
「戦争責任を感じているなら常に引け目を感じなければならないはずだから、
『屈託なく』応援など出来る訳が無い!」
「小林よしのり氏のマンガは歴史(を正当化する)教科書問題とも深く結びついているから売れてはならない!」
「進歩的な俺様(『サヨク』)を批判するなど、愚かな『ナショナリスト』に違いない!」


私は「右傾化」は最近の若者の問題であると言うよりも
むしろ『サヨク』の人達の歪んだ物の見方を表している様に思います。

別の言い方をすれば、大澤先生が意識調査で「ナショナリスト」としての指標として使った
「日本に対して自信を持っている」事が「日本を屈託なく応援」し、
「小林よしのり氏のマンガが売れ」て「『サヨク』をバッシングする」
事に繋がるかを考えてみれば明白です。(関係無いですよね)
大澤氏の例は「ナショナリズム」を示してはいないのです。

『サヨク』の文脈に限って言えば、罵倒語にあたるとは思いますが、
「ナショナリズム」や「ナショナリスト」って悪い事なのでしょうか?
私は「ナショナリスト」に問題があるとするなら、
「神の国日本が戦争をすれば(『神風』が吹くから)絶対に負けない!」の様な
根拠の無い自信や「劣等人種である外国人になど優しくする必要は無い!」
等の差別的な考え方であって、
「(例え『屈託なく』ではあっても)日本を応援する事」や、
「問題のある『サヨク』を批判する事」は何ら問題では無いと思います。


私には、先生ご自身が『サヨク』の文化に毒されている様に思えます。
それともおかしいのは私なのかな???(どこがおかしいのか教えてね!)


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4件のコメント

[C34] どちらも言ってる事は余り変わらないかも

はにはにさんは信者のように振舞う信者には本当の信仰はないというのを根本に挙げています。
それを例に挙げて、元の文脈のナショナリストの定義を否定されています。

元の文では最後に若者の思想の空洞化を指摘して締めているような気がします。

なしょなりすと≠右翼、左翼。

と、最後はどちらも同じくくりになっている気がします。
元の文で右翼を否定しているような文脈はない気がします。

今の日本に置いて必要とされるのは、ウヨクでもサヨクでもない、半端ではない何かなのでしょうか?

[C35] 「どちらも言ってる事は余り変わらないかも」

Rさんはじめまして。はにはにことminorYouです。
そうなのです。先生も私も「現在の若者」を説明しているのですから、
どちらも同じ事を話しています。このため『結局のところ』は変わらないはずです。
なぜこの様な事に拘るのかと言えば、大澤先生の主張は、暗に『サヨク』を
肯定している様に感じるからです。(私は『ウヨク』も『サヨク』も否定します)

ここで問題にすべきは、どちらの考え方が「より役に立つか」です。
まず現実があってそれを説明しようと試みているに過ぎないため、現在の若者を
「ナショナリスト」と呼ぼうが呼ぶまいが今の若者それ自体が変わる訳ではありません。
現在の若者を「ナショナリスト」と分類するのと「ナショナリストではない」と
分類するのとどちらの説明が合理的であるかを問題にしています。

> 元の文で右翼を否定しているような文脈はない気がします。
「右傾化やナショナリズムの傾向が若者の間で高まっている」との記述がありますので、
大澤先生は「右傾化」と「ナショナリズム」を同義に扱っている様に思います。
先生が「ナショナリズム」を否定的に捉えている点は同意頂けますでしょうか?
このため間接的に「右翼」を否定している印象は受けます。

# 「本気になって信じてはいけないが、信じているふりをすることならかまわない」
暗に先生は、信じていないなら信じているふりもすべきではないと主張します。
私の理解では、大澤先生の『アイロニカルな没入』と言うのは
敵と味方とに分けて『誰の味方』なのかを問題にしている様に思います。

# 私は神を信じてはいませんが、教会では礼儀正しく礼拝につきあい、
# 信じているふりをいたします。
この場合は礼儀正しくつきあう事によりキリスト教に敬意を払っています。
これを先生は『アイロニカルな没入』と言う言葉を使って
「キリスト教の『味方』」だと主張します。
しかしながら、きっとこの人は仏式の葬儀でも「礼儀正しく」振る舞うでしょう。
では、この人は「キリスト教徒」なのでしょうか「仏教徒」なのでしょうか?
私は『どちらでもない』と思います。

『サヨク』の人達が日の丸君が代を騒ぐのはおそらく『アイロニカルな没入』
を嫌っていると言う事なのではないでしょうか?
『サヨク』ではない『普通の』人は、おそらくその様な事を気にしないはずです。
私は大澤先生の説明は「最近の若者」よりはむしろ
『サヨク』の価値観を説明している様に感じます。
『サヨク』からすれば自分を批判する人達が他人の信仰を尊重出来る「優しい人」
などではなく「危険なナショナリスト」の仲間である方が論陣を張り易いのです。

私は、自分の違った価値を持つ相手に敬意を払う事が別に悪い事とは思いませんが、
先生は無意識に排他主義的な思想をお持ちなのかもしれません。

「排他的」な「ナショナリスト」は確かに危険な存在です。
「有害な他民族は一掃すべき!」と純潔主義の様な主張に繋がるからです。
でも、日本は元来八百万の神の国です。
結婚式は教会で、葬式は仏式でなど、日本では『普通』に行われています。
日本人は大澤先生ほど「排他的」では無い様に思います。

大澤先生は「多文化主義」は「信仰が、プライヴェートな・私的な
趣味のようなものと見なされて」いなければ成立し得ないと主張されますが、
果たしてそうなのでしょうか?
日本人の大多数は特定の宗教を信仰しているとは思いませんが、
自分の信仰を大切にする事と他人の信仰を尊重する事は矛盾しないと考えます。
信仰とは、自分自信と『絶対者』との間の関係(契約)です。
そこには他人の入り込む余地などありませんから、矛盾するとは考えません。
「(只の人間に過ぎない)自分の信じる事の方が(同じ人間である)相手より正しい」
と言うのは思い上がりであり、『絶対者』の視座を構築できていない事を示します。
なぜ信仰に『絶対者(人を越えた存在)』が必要なのか大澤先生は説明出来るでしょうか。

> 今の日本に置いて必要とされるのは、ウヨクでもサヨクでもない、
> 半端ではない何かなのでしょうか?
右翼と左翼では、どちらが「正しい」と言う事は無いと思います。
主権者である国民が望んでいる事が「正しい」のでしょう。
私の考える『ウヨク』と『サヨク』は
(「『ウヨク』と『サヨク』と『ネット右翼』(2007-06-13)」)
で述べた様に「アイデンティティの補償行為」だと考えますので、どちらも問題です。
一人一人が確固たるアイデンティティを持つ事が望ましいですね。

簡潔に書けず、すいません。

[C36] マスコミの典型!?

>実は私はこの行為と意識のギャップは「若者の『ナショナリズム』の特殊性」などではなく、
『サヨク』の人の「認知の『歪み』」を示している様に思います。

私もそう思います。
大学でよく経験しましたが「教授」の行う研究や調査はある意味最初から「答え」を作ってから行います。だからその答えに近づくように調査内容も設定し、ヒアリング対象をもコントロールする。
この場合も同じような気がします。
大沢先生としては調査結果がうまくいかなかったのでしょう。だから無理やり言葉の再定義をしたり、なんやかんやで結論を調節しています。

これって、、、、
マスコミも同じですね。
あるあるの「捏造」が思い出されました。


[C37] ○○○ さん

返事が遅れてすいません。その上無駄に長くなってしまいました。

> 大沢先生としては調査結果がうまくいかなかったのでしょう。
ちなみにこの意識調査は
「NHK放送文化研究所による「日本人の意識」という調査」
らしいです。この先生が関わっていたかは私には判りませんが、
どうも先生個人で調査したのとは違う様な『雰囲気』ではありますね。

> 「教授」の行う研究や調査はある意味最初から「答え」を作ってから行います。
そうですね。
@「 ここで、あえてこう考えてみるのです。
@ 統計データの上では、むしろ、このような否定的な結果を見せるような、
@ 独特なスタイルのナショナリズムが、今日、流行しているのではないか、と。」
@ (略)
@ ナショナリズムも、古典的なそれとは違う新しい段階に入っているのです。

確かに先生は「独特なスタイルの『ナショナリズム』」との『答え』を作り、
その解説を行っていますが「なぜ『ナショナリズム』が独特のスタイルになったのか」
との本質的な説明がありません。
この説明だけで「新しい段階に入っている」との結論は飛躍しすぎですよね。

先生の文脈で言えば、なぜ若者達は「左翼」ではなく「ナショナリスト」に対してのみ
「アイロニカルな没入」と言う同調行動を取るのかについての説明が無いのです。
これでは「若者のナショナリズム」の説明にはなりません。
なぜならこの事は全く同じ説明(窪塚氏の例は使えないと言うより不要)で
(仮に現実にその様な事が起こっているとした場合、)
「若者のグローバリズム」や「若者の左傾化」の説明も行える事を意味します。

@ 「わかっているけどやめられない」
先生はこう仰いますが、若者達は果たして「やめたい」と思っているのでしょうか?
先生はこの説明もしていません。

私は若者達は「ナショナリスト」に同調したり「やめられない」のではなく
何ら『特別な事』をしているつもりは無いのではないかと考えます。
そうだとすれば以下の様な反応は自然です。

@ 「あなたはナショナリストですか」という意識を正面から問うような質問には
@ 「いいえ」と答えます

随分脱線してしまいましたが、結局先生と私の最大の違いは、
若者たちが「行動の面では、まぎれもないナショナリストとして振る舞」っている
と解釈するかどうかでしょう。
先生は既に最初の時点で多くの若者が「ナショナリスト」であると
『決めつけ』ています。(「ナショナリスト」かどうかは行動で決まるため)
裏を返せば私も「『ナショナリスト』にはあたらない」と
『決めつけ』ている事になります。お互い様なんです。

これはこれで良いのだ、と私は考えます。
ここで一番重要なのは、これらの『決めつけ』を聞いた人がどう判断するかでしょう。
そして先生や私の『決めつけ』を評価出来るのは「反証可能性」のお蔭なのです。
もしこれが無いと「有名な先生が天下のNHKでお話しになられた事だから」と、
「誰が」「どこで」「どの様に」話したのかのみを根拠に
『決めつけ』を「信じる」か「信じないか」との神学論争になってしまいます。

私はマスコミの最大の問題は
「こんなに権威のある大先生がこう言いました」と『反証可能性』を
むしろ阻害する様に報じる事だと考えます。

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