日本人記者が2月15日、農薬メタミドホスを購入し、
持ち出そうとしたため、地元の警察に摘発された。
> (当該記者の勤務する)共同通信の伊藤修一編集局長は
> 「河北省の工場周辺でメタミドホスが入手可能か検証するために購入したと聞いている。
> 取材上の行為が中国の法律に反したことは遺憾だ」とのコメントを発表した。
逆である。
本来なら「当社の記者が中国の法律に反した行為を行い、誠に遺憾だ」
と、自社の非を認めて謝罪しなければならない。
無能な記者が中国の法律を知らなかった事は考えられるが、
共同通信の伊藤修一編集局長は「取材上の行為」と言っているのだ。
共同通信では明らかな違法行為も『取材』なのである。
編集局長自身がこう言っている以上、共同通信の一記者の過ちではない。
編集局長公認の行為であると考えるべきだ。
私は共同通信なる会社の倫理を疑う。
# 中国の関連法律では2008年1月から、輸出契約している工場を除き、
# メタミドホスの生産、販売、使用、所持、運搬は厳重な違法行為
とするなら、
> 発売禁止のはずの農薬が入手可能かどうかを確認するために購入
と言うのは、明らかに間違っている。
「所持」も禁止しているのだから、売った相手と同様に実際に買った記者も
罪を犯した事になる。
果たしてこの記者は、日本で麻薬が入手可能かどうかを確認するために
『実際に』麻薬を購入するだろうか。おそらくしないはずだ。
なぜこの様な『差』が生じるのかと言えば、共同通信の記者は、
中国と言う国や国民を見下しているのである。
「(民度の低い?)中国の法律など大した事はない。」こう思ったからこそ
「発売禁止のはずの農薬が入手可能かどうかを確認」しようとしたのである。
「中国なら禁止されていても入手出来るはずだ」し、
「中国人達も皆買っているだろうから、自分が買っても問題無い」のだと。
この様な考えを持った人物が『中国総局の記者』を務めている事自体が
日本のジャーナリズムの問題である。
取材対象をありのままに見、伝える為には、相手に対して最大限の敬意を払う必要がある。
一見矛盾する様ではあるが、『敬意』が無いと相手の批判など出来ないのだ。
「周辺国の立場を考えて」など、日本のマスコミは主張するが、
実の所それは周辺国を馬鹿にしている行為なのだ。
相手の事実を伝える。それは相手が自分と同等以上であると認めなければ出来ない。
「相手が困るだろう」と言うのは「相手には事実を認める事は出来ないだろう」
と下に見ているに他ならないのである。
「周辺諸国のへの思いやり」と言うと聞こえは良いが、それは単に
周辺国に対する優越感の裏返しでしかない。
正論を気取る日本のマスコミこそ、周辺国を馬鹿にしている事を自覚すべきだ。
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話を戻して、、、
日本の記者は取材の名の基に「他人の悪事を暴く為には多少の逸脱も許される」
と考えている様に思える。
他人を断罪する為には、自分は『正しく』なければならないのだ。
例えば、
# いじめられた子の多くは、端で見ていて心を痛める程に『清く』『正しい』
人を断罪すると言う行為は、一歩間違えれば他人を貶める事にも繋がる。
いじめられた子がいじめた子を告発出来ないのはこの為だ。
「いじめた子が悪いと主張するなら、自分は正しくなければならない」
彼らはいじめた子を非難する前に、自らを律するのである。
「自分は他人を悪人と呼ぶ資格があるのだろうか」と。
* これはおそらく間違っている。問題にすべきは『人』ではなく
* いじめという『行為』である。
* いじめられた子は、「この様な『行為』は止めてほしい」と
* 皆に訴えるべきなのだ。
* 『嫌』な事は嫌と言って良いのである。それには『資格』などない。
一方、日本のジャーナリストや知識人、政治家達は、自分を棚に上げて
安易に他人を罵倒し過ぎる。
事実関係も良く判らないうちから「辞任すべきだ!」とは何なのか。
彼らは他人の自尊心を尊重する事が出来ないのだ。
人ひとりを不祥事を理由に辞めさせるなら、充分な根拠が必要である。
「説明出来ないなら辞任しろ!」など、言いがかりにも程がある。
辞任しろ!と言うにはそれ相応の根拠を示さなければならない。
人を非難すると言う行為は『自らの名誉』を賭けて行うものだ。
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日本では、子供達が『悪』と対峙する為に自らを律し苦しんでいる一方で、
恥知らずな大人達はテレビや新聞で得意気に『正義』を騙り、
日本国民の代表者である国会議員までもが他の議員を罵倒している。
被害者の実名さえ公表すべきと主張するマスコミは
この『犯罪者』の氏名は公開しないのか。
「知る権利」とは一体誰の為のものなのだろう。
この国の大人は狂っている。
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