朝日新聞の社説は本質を見失っている。
> 民主党の対応には首をかしげるところがあったにせよ、
> 同意を得られる人事案を出せなかった結果責任は首相が負わねばならない。
(朝日新聞 2008年03月20日(木曜日)付社説)
参議院において野党の反対により日銀総裁の信任が得られなかった事について
各新聞社は「与野党共に悪い点がある」「どちらかと言えば首相が悪い」等
小学生の感想の様な社説を載せている。
何でもかんでも「結果責任を負っている首相に責任がある」とするのは誤りだ。
今回の不同意については「野党が拒否権を発動した」と考えれば良い。
問題にすべきは「拒否権の発動が妥当であったかどうか」なのだ。
このためこの問題に関しては「どちらも悪い」と言う事は有り得ない。
野党の不同意理由が尤もであると評価するなら首相が不適切な人物を推挙した事が
問題なのだし、大した理由も無く拒否したと言うならそれは野党側の責任だ。
> 同意を得られる人事案を出せなかった結果責任は首相が負わねばならない。
これは明らかに間違えているし、有害な主張であるとさえ言える。
これでは政府は野党の気に入る人物を選出しなければならない事になってしまう。
この主張を受け入れると実質的に野党が人事権を持つ事になるのだ。
政府と日銀は良好な関係で協調する必要があるため
日銀の人事に対する主導権は野党ではなく与党が持たなければならない。
この制度が機能するには、政府側は野党の意向に係わらず最善と思う人物を推挙して、
野党は特段の問題が無い限りそれに同意しなければならない。
もし理由も無しに拒否したなら、それは政府に対する嫌がらせとしか思えないし、
その『嫌がらせ』は国民にも損害を与える事になる。
このため「特段の理由」も無しに拒否したら、
それは政府ではなく、紛れもなく反対した野党の責任だ。
また政治がその人の出自や過去の施策を批判する事には抑制的であるべきだ。
出自を問題にする事は『偏見』であるし、特定の施策を行った人物を総裁にしないと
公言する事は人事権をちらつかせて日銀の施策に介入する事に繋がるからだ。
(出世したいなら問題とされる様な施策は絶対に行わないはずだ)
政府には確かに「結果責任」が存在する。しかしそれは直接の原因を作った者の
責任を軽減するものではない。第一義的な責任は原因を作った者が負うべきだ。
朝日新聞は「民主党の対応には首をかしげるところがあった」と言っているのだから
本来は「責を負うべきは民主党だ!」と主張しなければならない。
ところが朝日新聞は全く逆の主張をしているのだ。
「結果責任」と言うのは、言葉通りあくまで結果が出てから問われるものだから
「総裁が決まらない事によって国民が損害を受けた」時にのみ問わなければならない。
総裁が決まらない事自体を「結果責任」とするのは誤りだ。
この社説が書かれた時点においては現総裁の任期中なのだから、問題は存在し得ない。
この意味で朝日新聞の社説は明らかにおかしい。
> 首相はできるだけ早く国民に信を問い、政権の正統性を確立しなければ、
> 自信をもって政治の運営には当たれまい。
朝日新聞はあれだけ批判していた小泉首相の郵政解散を再現しろと言うのか。
小泉政権当時は与党議員の『反乱』により参議院で法案が通らなかったのであるが、
今回は野党が多数なのだ。例え衆議院で与党が過半数を取ったとしても
野党が意見を変えるとは考えにくい。郵政解散よりも遥かに筋が悪いと言える。
それに首相が自信を持つためだけに選挙をされたのでは堪らない。
自信が無い首相なら即座に辞めるべきだ。
正当な手続きで選出されたのなら、首相は自信を持って政治を運営(?)すべきである。
この朝日新聞の理屈に従えば最近選挙を行った院は正統性があり、
そうでない方の院は自信を持ってはいけない事になる。
これでは二院制の意味が無い。この主張は馬鹿げているのだ。
もし国民がこの社説の様な『誤解』をしているのだとしたら、
新聞社こそきちんとこの『制度』について国民を啓蒙しなければならない。
それが出来ないなら、むしろ朝日新聞は廃刊にした方が国民の為になる。
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