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[2008年04月17日] 河北新報問題:「表現の自由」より「表現の平等」を!

「河北新報 2008年04月17日木曜日 [社説]表現の自由/研ぎ澄ませたい自戒の感度」より
(http://www.kahoku.co.jp/shasetsu/2008/04/20080417s01.htm)


>  保障された権利として、安心しすぎてはいないか。
> 脅かす者へのアンテナの感度が、鈍ってはいないか。
> 「表現の自由」は、民主主義社会の営みの中で常に目配りし、
> 自戒を忘れたくないことの一つである。
果たして「脅かす者」とは誰の事だろうか。これが『抗議者』を指すなら問題だ。


> たとえ自分が賛成したくない意見ではあっても、
> その意見を表明する自由は最大限尊重する。そんな考え方を大切にしたい。
「意見を表明する自由」とはすなわち「表現の自由」の事であろう。
私は言論を制限すべきではないが、表現については制約を受けると考える。


>  「靖国―」は上映という映画にとって不可欠の手段を奪われそうになった。
私は「特定の個人のBLOGを公開すべきではない」との主張には反対する一方で
「特定の映画を公開すべきではない」との主張は許容する。
なぜならこれは等価ではないからだ。

もし、ある映画に対して別の考えの映画が作れるなら
「映画を公開すべきではない」との主張をしてはならない。
単に別の考えの映画を作れば良いからだ。
BLOGに対して対抗するBLOGを作る事は可能だが、
映画に対して対抗する映画を作成出来る人間は稀である。
BLOGと違い、映画については対抗手段が存在しないのだ。

この様な状態で、一方的に映画を公開されてしまえば、
(主張に対する反論ではなく)社会的に有効な反論を行う事は不可能であろう。
とするなら「公開するな!」との主張は許容されなければならない。
公開するかどうかは公開前に「言論で」解決すべきなのだ。

民主主義が成立するためには特定の人間の主張のみ周知される事があってはならない。
民主主義が機能する為には「言論の自由」以上に「言論の平等」が大切なのだ。


>  芸術・文化への公金支出について調査に乗りだそうとすれば、
> 価値・内容への評価につながる危険性がとても大きい。
> 公権力によるチェックは、表現の自由との兼ね合いを十分意識した上で
> 謙抑的でなければならない。政治の側が保つべきそんな自覚が薄らいではいないか。
希望者全員に助成金を払うなら別だが、助成金をもらえない人がいた場合は、
もらった人は一定以上の『成果』を出す義務があるはずだ。

例えば、映画に対する助成金を受けたのに映画を作成しなかったらどうだろうか。
助成を受けるにあたり『約束』を交わしたのだから、その『約束』が守られたかどうか
確認する権利は双方にある。例えそれが国であろうともだ。
「(価値・内容への)評価」もせずに助成金を支出しているとすれば、それは国の
怠慢に他ならない。「評価」を回避したいなら、助成を受けるべきではない。

『約束』は対等な関係だ。自由意志により行われた『約束』は守らなければならない。
それは権力者に対しても同様である。それが嫌なら『約束』などしなければ良い。
今回は映画の作成者の側から申し出たのだから、権力により強制されたものとは違う。
河北新報社は、偏った見方をしてはいないだろうか。


! 多少脱線するが『約束』と言う意味では、
! この映画の主要な出演者が出演部分の削除を求めている事も問題だ。
! 「提供した『資料』を期待した様に使わなかった」と『期待権』を主張する事と
! 「出演意図(『約束』)と違う脚色が成された」事は全く異なる。
! 資料の解釈については第三者による議論が可能であるが、
! 「出演意図」は出演者当人がどう思っているかであり、他人が決定する事ではない。
!
! この場合、出演者は出演と言う行為により『表現』したのだ。
! 少なくともこの出演者には「自分の考えと違って受け取られる恐れを感じた」
! と言う事なのだろう。『表現の自由』は他人の『表現』を歪める自由ではない。
! 実際の所は不明だが、もし出演者の意図を歪めたなら
! ドキュメンタリーにおいての『捏造』と言って良い。
! 出演者に「意図が違う!」と訴えられている映画が、
! 果たしてドキュメンタリー足り得るだろうか。
! 公開するなら、少なくとも出演者の納得が得られた物にすべきだ。

河北新報は本当に「政治的、思想的」なバイアスは掛かっていないのだろうか。
「XX国人を皆殺しに!」「戦争は素晴らしい!」等の意図を持った映画や、
「XXは殺人犯だ!」の様に根拠の無い決め付けを行っている映画が
全国で公開されるとしても河北新報は社説で
「たとえ自分が賛成したくない意見ではあっても、
その意見を表明する自由は最大限尊重する。」と書くだろうか。


前者のイデオロギー的な主張であれば、言論で対抗は可能であろう。
(但し、映画に対抗出来るだけの『手段』が存在すればだが)
しかし後者の映画が公開されてしまっては毀損された名誉の完全な回復は不可能だ。

もっと極端な例としてサブリミナル等の『表現』を駆使して、
観客が人を殺したくなるように作られた「人殺しの素晴らしさを表現した。
この映画を観れば誰でも人を殺したくなるはずだ。」とする映画に対し、
「議論は、まず映画を観てからだ!」との主張に正当性は見出せまい。
この場合「公開に相応しいか」との議論は許容されるはずだ。

少なくとも当該の映画は『ドキュメンタリー』と銘打っている。もしそれが
ドキュメンタリーの要件を満たさないとするなら、公開すべきではないだろう。
個人の考えの表明は最大限尊重すべきだが、
個人の考えとドキュメンタリーが同列であるとは思わない。これは報道も同様だ。

例え個人の考えの表明であっても、対抗手段を持たない相手に対して、
「私には公開する『権利』がある」と一方的に主張する事は
社会正義に反する行為であろう。(だから私は抗議しても構わないと考える)


***
抗議行動にも制約が存在するはずだが、今回逸脱した行為は報道されていない。
とするなら、問題にすべきは「公開に相応しい映画かどうか」である。
そして当然の事ながら「相応しくない」事が説明出来なければ公開を許容すべきなのだ。
公開するに相応しい事を証明する必要は無い。

この様に立証責任は抗議者にある
議論を始めるには抗議者の主張(なぜ公開してはならいのか)が必須なのだ。
この場合「公開に値する」との主張は大した意味を持たない。にもかかわらず
どうしてメディアは作成者の主張ばかりで、抗議者の主張を詳細に報道しないのか。
これでは個別の事案として議論する事など出来ない。
ジャーナリスト達は報道ではなく、政治運動をしているのではないか。


今回は映画の話だが、新聞社と私人の間でも同様の関係が存在する。
私人には新聞社に対抗出来るだけの表現手段は存在しないのだ。
私たちは、自らの『力』に無自覚な新聞社に強大な『力』を与えてしまって良いのか。
彼らの無自覚な『力』の行使には危機感を持たざるを得ない。

きっとジャーナリスト達は、自分達の『特権』を当然の様に思っているのだろう。
「意見を表明する手段を持たないものは黙っていろ!」と。


力を持つ者ほど謙虚である必要があるのに。。。




P.S.
因みに「河北新報の自虐史観批判派批判(『サヨク』的言説の例) 2007/07/03」
(http://iron.blog75.fc2.com/blog-entry-184.html)
で取り上げた河北春秋において、河北新報は全く逆の主張をしている様に思う。
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