毎日新聞英語サイトのコーナー「WaiWai」が6月21日に全面的に廃止になった。
掲載していた毎日新聞社が、嫌がらせや妨害が起きることを懸念したためだ。
黙過できない。言論、表現の自由が揺らぐ。そういう事態と受け止めなければ
ならない。
今年初め、日本教職員組合の教研集会の全体会場、宿所だった東京のグランド
プリンスホテル新高輪が、一転して使用を断った。右翼の街宣や威圧行動で顧客や
周辺の住民、受験生らに迷惑がかかるというのが理由だった。裁判所は使用を
させるよう命じたが、ホテル側はこの司法決定にも従わないという空前の異常事態
になった。
私たちはこれについて「今後前例として重くのしかかるおそれがある」と指摘した。
「WaiWai」廃止で「おそれ」は現実になったといわざるをえない。
「WaiWai」は数年前より、国内の週刊誌などの報道を引用し、日本の社会や
風俗の一端を紹介してきたもので、5月下旬よりネット右翼らが英文毎日編集部に
「WaiWaiの英訳記事は低俗過ぎる」との抗議電話を執拗に掛けたきたほか、
インターネット上の掲示板で匿名の批判も行われた。これを受け、一部インターネット
ニュースでもこの問題が取り上げられる事となった経緯がある。
萎縮(いしゅく)の連鎖を断ち切るには、再度掲載を決めるか、別コーナーででも
公開の場を確保する必要がある。ことなかれを目的にした「回避」は日教組を拒絶した
ホテルの場合と同様に、わが意に沿わぬ言論や表現を封殺しようとしている勢力、
団体をつけ上がらせるだけであり、各地にドミノ式に同じ事例が続発することに
なろう。
一方、警察当局にも言いたい。新聞社側が不安を抱く背景に、こうした問題で
果たして警察が守りきってくれるのかという不信感があるのも事実だ。
発表や集会を威圧と嫌がらせで妨害しようとする者たちに対して、きちんとした
取り締まりをしてきたか。その疑念をぬぐうことも不可欠だ。
また、馬鹿なネット右翼は、どういう神経で毎日新聞を批判するのだろう。
記事の内容をどう評価し、どう批判するのも自由だ。しかし匿名で批判するなど、
それ自体が無形の圧力になることは容易に想像がつくはずだ。
それが狙いだったのかと勘繰りたくもなるが、購読者である日本の人々はその言動が、
意図するとしないとにかかわらず、圧力となることを肝に銘じ、慎重さを忘れてはならない。
逆に、今回のように「後難」を恐れて発表の場を封じてしまうような場合、
言論の府の議員たちこそが信条や立場を超えて横やりを排撃し、むしろ毎日新聞の
販売促進を図って当然ではないか。
事態を放置し、沈黙したまま過ごしてはならない。将来「あの時以来」と
悔悟の言葉で想起される夏になってはならない。
侮日新聞 2008年6月24日 0時06分
(この『社説』はフィクションであり、実在の人物及び団体とは一切関係ありません)
上は毎日新聞4月2日の『社説:「靖国」中止 断じて看過してはならない 』
http://mainichi.jp/select/opinion/editorial/news/20080402k0000m070158000c.html
に準じています(既にリンク切れ)。
この『社説』に問題はあるでしょうか?
私は問題があると考えます。
「WaiWai」の記事が妥当なものであったか「WaiWai」への批判が度を越えていたか、
一番論ずべき事項についての言及がありません。
問題のある記事を批判する事もまた言論・表現の自由の発露です。
映画の件では、皆が脳内補完をしていた為に別に気にならなかったかもしれませんが、
毎日新聞は「不正な方法で『圧力』を掛けた」事や「映画の内容に問題は無い」事を
何一つ指摘していませんでした。毎日新聞の社説の大半はアジテートなのです。
(ご参考)ちなみに毎日新聞の「WaiWai」には、以下の様な事項が書かれていたそうです。
# 「弁護士がメスの豚を獣姦し、のちにそれと同じメス豚が料理としてその後出てきた」
# 「パールハーバーと南京大虐殺の後継である政府省庁が、テディベアを持ってメイド服を
# 着たかわいらしい漫画の少女キャラクターに日本の防衛策を説明させるようになった。」
# 「ファーストフードを食べると神経の中枢のコントロールできなくなりセックス依存症になる」
(http://www.j-cast.com/2008/06/20022225.html)
私も毎日新聞社の当該コーナーは酷過ぎると考えます。
匿名のブログでもこんな事を書いているサイトを見た事がありません。
ただこれは毎日新聞の日本語のサイトも同じです。
> 6月19日 恋愛テク:すぐ寝る女は愛される?男の恋愛深層心理
http://mainichi.jp/life/love/news/20080619alb00m070001000c.html
> 6月9日 恋愛テク:初対面で男性のセックス傾向を見分ける秘訣
http://mainichi.jp/life/love/news/20080609alb00m070001000c.html
この様に、女性誌のいかがわしい(主観的に断定している)特集記事みたいなものありますし、
「まいまいクラブ」なるものもよく読むと酷いです。
特に読者のコメント欄の扱い(削除の方針)には疑問があります。
例えば、「君が代 不起立で処分される教師」
(https://my-mai.mainichi.co.jp/mymai/modules/weblog_eye103/details.php?blog_id=543#comment)
のコメント欄を見ると、(消されてしまったコメントの内容が不明なので
明解な批判は出来ませんが現在掲載されている内容から判断すると)
毎日新聞は一方(教師を擁護する方)の主張にのみ肩入れしている様に見えますし、
毎日かあさん(管理人)の#202の「愛読者の為」との削除理由が
「利害関係者に配慮している」と公言している様にも解釈できます。
トラックバックとは違い、コメントの削除は言論の抹殺を意味します。
社説で言論・表現の自由を主張し公器を謳う毎日新聞のコメント欄が
個人のブログと同であるはずがありません。
インターネットでは「紙面の制約」を根拠とした選別も理由になりません。
私は是非ともまいまいクラブで消されたコメントの内容について知りたく思います。
「『不適切』と判断したコメントを開示しろ!」との主張は難しいので、
削除前に1時間位は掲示する様にすべきなのではないでしょうか。
少なくとも「削除した」事すら隠蔽する「承認制」には問題が多い様に思います。
ネットでの「承認制」や(複数の新聞を読んでいない場合の)新聞「記事」だと
反対言論がありません。毎日新聞はネットの匿名を声高に非難しますが、
ネットには反対言論やセカンドオピニオンが存在します。
例え実名であっても一方的に主張をする事の方が問題ではないでしょうか。
この意味でネットでのコメント「承認制」には反対です。
> 日本国内で発行された雑誌の一部を引用したものとはいえ、
> Mainichi Daily Newsサイトに掲載したことは問題があった
(http://mdn.mainichi.jp/culture/waiwai/etc/owabi.html)
『引用』の責任は引用された方(引用元)ではなく引用した方(引用先)が負います。
「『引用』だから減免される」と考えている毎日新聞はプロとして失格です。
それとも「他のメディアも日本で公開しているのだから」との事でしょうか。
いずれにしても毎日新聞は、自らゴシップ紙と同レベルである事を認めた事になります。
メディアの問題として、記者の考えを述べただけでは記事にはならないのに対し、
数ある専門家の中から記者の代弁者たり得る『専門家』の発言を紹介するだけで
記事になってしまいます。でもこれは本質的に同じものです。
なぜなら間に一人置いただけで、記者の考えを書いた事に違いは無いのですから。
このため正当な記事では、その人がコメントするに相応しい理由を
記者自身が説明しなければなりません。
『引用』も同様です。「WaiWai」の記事の様に引用して紹介したなら、
それは
毎日新聞として引用元の主張は正しく、
毎日新聞の読者に紹介するに値すると判断した事を意味します。
これが理解されていれば、トンデモ科学や噂話を面白半分に紹介したり、
配信社のニュースを裏も取らずに掲載する事が無くなるのではないでしょうか。
毎日新聞は、問題の本質を理解していないと思います。
毎日新聞が反省すべきは、検証もせずに無責任な記事を載せた事ではないでしょうか。
毎日新聞には「引用だから責任は取らなくても良い」との認識が蔓延しているのでは
ありませんか。
もし毎日新聞が自信を持って「WaiWai」の記事を掲載したなら、
言論・表現の自由を守る為に反論しなければなりません。
事実であるなら「英語で発信」しようが「日本が誤解される」事にはなりません。
一部の事象を一般化した様に誤解されたと言う事なら記述を訂正すれば済みます。
「低俗」との批判には「低俗ではない」との反論をすべきです。
毎日新聞の「おわび」は一体何を詫びたのでしょうか。
「今後同様の批判を受けることがないよう確かな編集体制をつくろうと考え」では
「批判を受けないように」する事自体が目的となります。
> 今回の読者の皆さまのご意見を真摯に受け止め、
> 今後信頼される情報の編集、掲載に努めてまいります
(http://mdn.mainichi.jp/culture/waiwai/etc/owabi.html)
毎日新聞の考える「信頼される情報」とは何なのでしょう。
批判されない様に読者の顔色を伺うとしたら、そんな新聞を誰も信頼しません。
批判に対して黙ってしまう事(削除・廃止)は言論機関の死を意味します。
毎日新聞は一体何が問題だと考えているのか何も表明していません。
もし、この事を言語化出来ないのなら、毎日新聞は言論機関として既に死んでいます。
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